アンカリングトラブル2 いざと言う時のために
暖かな春風に誘われて東京では桜の花が咲き誇り本格的なボートシーズンの到来ですね。今月号では前回に引き続き揚錨時のトラブルから非常時のアンカリングなどについてお届けします。
揚錨時のトラブル
さてアンカリングを終えて帰港するときには揚錨しなくてはいけません。あの重いアンカーを引き上げると思うと気が重いですよね。筆者も1度僚艇のエンジントラブルのために深場で100m位アンカーラインを出したときは引き上げるのが重労働でほんと参ってしまいました。そんな時ウインドラスが付いていると楽で良いですよね。でも付いているからといって任せっきりはトラブルの元です。アンカリングしているときはロープを長く繰り出していますが、ウインドラスが付いていると巻き寄せから抜錨まで全てウインドラスに任せっぱなしにしてしまう人がいます。でもこれは大きな間違いです。ウインドラスはその様な目的のために作られているわけではないからです。立ち錨に巻き寄せるまでは必ずエンジンでパワーアシストしないと過負荷でウインドラスを焼いてしまいます。また海底にがっちり食ったアンカーの抜錨はウインドラスごときでは抜けません。逆に言うとウインドラスで抜けるようなアンカーの食い込みは正しいアンカリングではありません。投錨時しっかりパワーを掛けてバックしてやったらおいそれとは抜けないものです。ですから抜錨は必ずエンジンパワーで行ってくださいね。海底から抜けた後水上まで巻き上げるのがウインドラスの本来の役割です。ひどいのになるとアンカーを上げるぞとなったら、エンジンを掛ける前にいきなり巻き始めてアンカーが海底を切る頃おもむろにエンジンを掛けてと・・・やっている人を見かけますがそれではウインドラスが可哀想です。こういうことをするとヒューズを飛ばしたりブレーカーを落としたり、ひどい場合は何十万もするウインドラスを焼いてしまったりします。またウインドラスは結構電機を食います。散々ウインドラスを回してさてエンジンを掛けようとしたときにバッテリーが減ってエンジン掛からないなんてことになったらしゃれにもなりません。しかもアンカーを上げていますから即漂流してしまいます。ですからアンカーを上げるときは必ずエンジンを掛けて、エンジンに異常がないことを確認した上で前進しながらアンカーラインを取り込み、立ち錨になったら一旦巻き込みを止めてエンジンパワーで抜錨してやりましょうね。
それからウインドラスが付いている艇は巻き込み過ぎに注意しましょう。筆者は1度ならず2度までもウインドラスでロープを巻きすぎてしまいアンカーがバウスプリットにがっちり食い込んでしまいどうにもこうにも外れなくなってしまったことがあります。どちらの場合もどうにもならなかったので仕方なくマリーナに戻ってシャックルをサンダーで切り落としました。まあこのときは後からよく考えたらシャックルじゃなくてチェーンを1駒切ればよかったのにねと大笑いしたのですが、便利なウインドラスも使い方を誤るといろいろと大変だということですね。
もうひとつ揚錨時に良くあるトラブルはアンカーが食っちゃって抜けないというものです。ダンフォース型のアンカーはとかく岩とかに食いやすいようですね。そういう時のために怪しそうな海域でアンカリングするときはアンカーに尻手紐とブイを付けておきたいものです。尻手紐を付けておくと食ってしまった逆側から引っ張るので抜けやすいのです。そのためほとんどのアンカーはクラウン部分にロープを通す穴があいています。またブイを付ける事によって他船に自船のアンカーの位置を知らせる事にもなりますのでアンカーを引っ掛けられてのトラブルというのも少なくなります。筆者は使ったことがないのですがアンカーセーバーなんて製品もありますがその効き目はいかがなものでしょうか?
筆者の友人にも、のんびりアンカリングした後どうしても上がらなくなり水深も2mくらいだったのでドボンと海の中潜って見た者がおりました。海底で見るとなんとアンカーに得体の知れない極太ロープが絡まっているではないですか!4度5度と潜水を繰り返し何とかアンカー回収に成功したそうですが得体の知れない何かとの格闘はとても恐ろしかったそうです。
絡網
筆者がある日お気に入りの泊地でのんびりしようとしていたときの事です。初めて会うゲストでしたが小型船舶1級の免許を持ち自身操船もするという人がいたため安心して投錨作業をやってもらったら、レッコの掛け声の前にレッコされ筆者は気づかず進んでしまいものの見事に自分のロープをスクリューに絡めてしまったことがありました。慌てて補機を降ろしたのですがおまけにそっちにも絡めてしまうというまことにお粗末な状態に。結局5月の海に潜ってロープをカットしたのですが、生憎そのときに掴んでいたロープが反対側だったのでアンカーはロストしまいました。慌ててやるとろくなことがないという見本です。まあ目の前でレッコされたのに気づかなかった筆者も筆者ですがやはりこういう投錨や離着岸などはキャプテンの号令一下行うように徹底しておかないと危ないですね。まことに締まらない話でした。
一方こちらも同じく投錨時に絡網した経験です。僚艇とラフティングしてアンカリンクしていた後ちょっと移動しようと舫を解いて移動先でアンカーを落としたときのことです。今度はちゃんとレッコの掛け声とともにアンカーを落とし、場所もタイミングも「ウ?ン完璧」と悦に入ってバックに入れたのです。そろそろ良いなと思っていたところで突然エンストしてしまいました。一瞬どうして止まってしまったのか分からず慌ててスクリューに駆け寄ってみると・・・なんと先ほど取り込んだはずの舫ロープの始末が悪くて船外に垂れているではないですか!ずっと引きずって走っていたんですね。アンカーラインを伸ばそうとバックしたので絡めてしまったのです。これもまことに締まらない話なのですがロープ仕舞いはしっかりしておかないと危険だという見本ですね。
絡網といえばもうひとつ印象に残っていることがあります。狭い泊地にアンカリングしていたときの事です。その日は午後から急に風で出てきて早上がりしようとアンカーを上げていたときのことでした。立ち錨から抜錨したら一気に流されてしまい、一瞬気づくのが遅れて後ろに壁が迫ってきました。大慌てで前進に入れて逃げ出したは良いのですがまだ繰り出ていたロープをまたまたスクリューに絡めてしまったのです!さあそうなったら大急ぎ、何しろアンカーは利いてないエンジンは動かない風に吹き寄せられてどんどん壁が迫ってくる状態です。フライブリッジから猿の如く駆け下りてスターンに付けてある予備アンカーを投げ込んで間一髪というところで止まりました。これも油断大敵という奴です。
以上筆者の絡網経験でした。いずれの場合も潜ってロープを切りましたからやはり何らかの用意はしておいた方が良いですね。冬じゃなくって助かりました。
槍付けのトラブル
槍着け(もしくは縦着け)という言葉をお聞きになったことがあると思いますが、これは混み合った地方の漁港などでなるべく多くの艇が着けられるようにと艇を岸壁に対して直角に接岸させることを言います。この場合艇が振れ回ったり岸壁にぶつかったりしないように、沖側にアンカーを打って係繋します。アンカリングテクニックとしては高度なものの1つですが、このときに良くあるトラブルは次のようなものです。
その1つは沖合にアンカーを入れる時にアンカーロープを交差させてしまい、他艇が出港するときに、または自分が出港するときにアンカーを揚げた時、他艇のアンカーラインを引っ掛けて抜いてしまうというものです。頼りのアンカーが効かなくなってしまうのですから抜かれてしまった方はたまりません。隣の艇とぶつかってしまったり、風が強かったら出られなくなったりしてしまいます。これが混み合った港では必ず操船出来るワッチを残しておけと言われる所以です。筆者も1度ビーチングしていたとき隣の艇にアンカーを抜かれてしまい潮の流れがきついところだったので圧流されて間一髪というのがありました。この時は自分も出ようと準備していたところだったので事なきを得ましたが、そうでなかったら大変なことになってしまうところでした。こういう意味からもアンカーにはマーカーブイを打っておきたいものですね。水深の1.5倍のロープを付けておけばブイの振れ回りは水深の倍ほどと覚えておいてください。
2つ目は自船のアンカーロープを巻き込んでしまうというものです。槍付けにはバウ着けとスターン着けがありますが、特にバウ着けをするときが要注意です。バウ着けをするときはスターンからアンカーラインを出しますが、特に出港するときにはよほどキャプテンとクルーの息が合っていないと危険です。巻き上げるラインがたるんでしまうと即スクリューに巻き込んでしまうからなんです。筆者の友人にも沖合の中洲でビーチングして潮干狩りを楽しんだ後、離礁するときにクルーとの連携が上手くゆかず自船のアンカーロープを巻き込んでしまいドライブを壊してしまった人がいました。この時は思ったより重傷で修理するのに相当掛かったとの事。高いアサリに付いてしまいました。揚錨時はくれぐれもアンカーロープに注意しましょうね。
アンカー仕舞いのトラブル
さてアンカーを揚げて帰途に就く前にアンカー仕舞いがしっかりしているかくれぐれも良く確認しましょう。航行中万一アンカーを落としたりしたら大変だからです。中途半端に落ちてハルを割ったりもっと落としてスクリューに絡めてしまったりと重大なトラブルを引き起こします。以前も言いましたが筆者の知人で荒天時波に叩かれているうちにアンカーを落としてスクリューに絡みつき死ぬ思いをした人がいました。この時も予備アンカーを持っていなかったら間違いなく岩礁地帯に打ち寄せられていたとの事。荒れてくると航行中緩んでいるのに気づいても荒れていたりすると再固縛のしようがないケースもありますからくれぐれも固縛はしっかりしましょうね。
またこれは深刻なものではないですがアンカーを揚げた時に付いてくる泥や海草は良く洗って落としておかないととても臭くなってしまって大変です。分解してキャビンの中に仕舞っている方はよく注意してくださいね。
捨錨
捨錨というのは何らかの理由でロープを切ってアンカーを捨てることです。理由はいろいろあるでしょう。岩礁地帯で釣りをしていて引っかかって抜けずに泣く泣く捨てるなんていうのが1番多いですね。筆者の経験した捨錨は次のようなものでした。ある夏の日海水浴に出た帰りのことです。暑い夏の日の午後のこと、南西のサーマルが吹いて海は結構チョッピーであちこちに白い波頭が見えています。そんな時スクリューのハブが滑ってしまってどうしようもなくなり港外に緊急投錨しました。BANにレスキューを求めて待つこと2時間、漸くと救助艇が近づいてきました。しかし荒れているので曳索を取るのも一苦労。取った後も悠長に長く繰り出したアンカーを引き上げている余裕はありません。ぼやぼやして救助船に絡めては大変です。迷うことなくロープに錘を付けて捨錨しました。筆者もこういう捨錨っていうのは初めてでしたよ。この時は結構荒れていたのでゲストがみな酔ってしまって後始末が大変だったのですが、今は昔の物語と思い出話が出来るのですから良しとしましょう。
いざと言う時のために
洋上で漂泊すると潮流や風によって艇はどんどん圧流されます。釣りではそれを上手く利用することもありますがエンジン故障で流されてしまうのは話が違います。そのまま放っておくと思わぬ場所に流されてしまって危険です。波打ち際や浅瀬、岩礁、航路などに流されてしまったら大変だからです。またボートは動力がないと風に押されて波と平行になってしまうという性質があります。そしてボートは横波に弱いというのは周知の事実。放置すると転覆もあり得ます。ですからエンジン故障で漂流するときも船首を波に立てないと危険なのです。アンカーが届く範囲の水深であれば迷うことなくアンカリングし、もし届かない場合はシーアンカーを流しましょう。シーアンカーというのはパラシュートのような格好をしたドラグシュートで水中に流すことによって抵抗となり船首を波風に立ててくれるものです。もしシーアンカーがなかったとしても諦めてはいけません。ありったけロープを伸ばしてアンカー下ろせばそこそこには効き目がありますから出来るだけのことをするのです。こういうときのためにもアンカーロープは余分に持ちたいですね。
筆者の友人でエンジン故障を起こしたときに無為に漂流するがままにして大変な目に遭った人がいます。ある夏の日気持ちよくクルージングしている途中で突然エンジンのワーニングブザーが鳴り響いたんだそうです。点検のためエンジンを止めて見てみても別になんともありません。しかしもう2度とエンジンが目覚めなかったのです。電話をもらったのですがなんとも現場では手を出せないと思ったのでBANに救助を要請してもらったのですが、アンカーを打っていなかったためどんどん流されてしまい救助艇と邂逅するまで延々と2時間以上も漂流をしてしまったそうです。でもまたこちらは無事救助されたのですから良しとしましょう。同じくエンジンが故障して同じ様に無策に漂流したためあれよあれよと言う間に護岸に打ち寄せられてしまい全損してしまった艇がありました。それはもう見るも無残な変わり果てた姿です。人員はテトラポットに打ち上げられたとき乗り移って無事だったそうですがこういうのは命があっただけでもめっけものという奴ですね。こんなのもアンカーさえ打って泊めておけばなんと言うこともなかったでしょうに。是非皆さんも他山の石として覚えておいてください。
以上2回に渡りアンカリングに関するトラブルをお届けしました。アンカーは洋上での唯一の係繋手段でありまたいざというとき最後に頼りになるものです。是非注意を払ってあげてください。次回は冷却系のトラブルについてお話し差し上げます。