アンカリングトラブル −走錨!−
3月の声を聞き、そろそろ水の上が恋しくなりなんとなくそわそわし始めますね。筆者はお花見が大好きなので早く咲かないかと暖かくなるのを楽しみにしています。さてお花見といえばアンカリングがつきものですがこれがなかなか奥が深いテーマものです。今月号からこのアンカリングにまつわるトラブルについてお届けします。
アンカーの役目
アンカーの目的は言うまでもなく艇を洋上に安全に係繋しておくということです。単に泊めるだけから釣りでわざと引きずりながら泊めたり、プレジャーボートではめったにないですが本船などでは狭いところでの回頭や緊急停止などに使ったりもするそうです。でもマリーナから出てマリーナへ戻ったり、ただひたすら流し釣りをしたりする方は、「使ったことないよ」とおっしゃる方もいらっしゃるかと思います。しかし万一の際に艇の安全を確保するという意味ではアンカーはなくてはならないものですから是非注意を払ってください。
アンカーの種類と泊める仕組み
まずアンカーが艇を泊める仕組みから見てみたいと思います。この事を理解することにより初めてアンカーを正しく使うことができるのです。アンカーにはその構造によってダンフォース、マッシュルーム、フォールディング、CQR、クロウ等々実に様々な種類があります。それぞれに特徴がありますが、プレジャーボートでよく使われるダンフォース型などのフリューク(爪)を持つタイプでは、いずれもそのフリュークで海底の泥や砂を掻いて止まります。アンカーは重さで泊めておくわけではないのです。まずこれが非常に大事な点です。アンカーが艇を泊める力を把駐力というのですが、設計された把駐力を発揮するためにはこのフリュークを正しく海底に食い込ませる必要があるということを覚えておいてください。
一方釣りのため岩場でアンカリングしなくてはならないときなどは普通のアンカーでは食ってしまい抜けなくなってしまうので、こういうところではわざと岩に引っ掛ける仕組みを持ったロックアンカーなどが使われます。こういうアンカーでは把駐力という表現はなかなか難しいものがありますね。
底質によって使い分ける
今述べたようにアンカーには色々な特徴があり、それぞれに得意な底質、不得意な底質、ボートへの収納の利便性の違いなどがあります。陸上がどこも平らな野原だけでないのと同じ様に、海底もその表情は千差万別です。岩あり泥あり砂あり海草ありヘドロありです。そんな色々な底質全てに利く夢のようなアンカーはないのです。ですから自分の持つアンカーの種類によって海底にはアンカーを打つのに適した水域適さない水域があるのです。これを意識せずにアンカリングすると後々トラブルを起こします。海図にも海底の底質って載っているでしょ?あれは伊達や酔狂で載っているわけではありません。ですから自分がアンカーを打とうとする水域の底質くらいは調べておきましょうね。更に1歩進めて、できれば底質に合わせてアンカーを何種類か持っていれると良いですね。底質とアンカーの組み合わせによっては全然効かなかったりということも有り得るからです。筆者は臆病でたくさんアンカーを積み込んでアンカー大王の異名があるほどですが、最低でも2種類くらい積んでおくと良いと思います。
またいくら重さで泊めておく訳ではないと言ってもそれには限度がありますから自分の艇の長さに適した重量のものを選びましょうね。筆者は重いアンカーの信者なのですができれば自艇が25feetで使いたいアンカーのシリーズが20?25feet用、25?30feet用となっていたら能力ギリギリに近い20?25feet用ではなくて1サイズ上の25?30feet用を選ぶようにしましょう。
アンカーチェーンの役目
さて今アンカーはフリュークで海底を掻いて止まると言いましたが、設計された把駐力を発揮させるためにはそのフリュークが正しい角度で海底に刺さらないと駄目です。シャンクが海底に平行になりフリュークがちゃんと海底を掻き込まないと駄目なのです。ですからロープの伸ばしが足らずに上から引かれるとフリュークは海底表面を引っかくだけでちっとも食わないなんて事が起こるのです。しかしロープを長くすると振れ回り面積も大きくなりますしアンカーの出し入れも大変になります。なんとかロープを短くしてアンカーを食わせてやりたいという希望を叶えるためにロープとアンカーの間にチェーンを入れてあげるのです。チェーンを入れることによってその重量によりロープが海底に沿うように下に向き、アンカーを海底と平行に引っ張ってくれるのです。このためアンカーが上を向くことが少なくなりアンカーの利きが良くなります。また重さで下に弛ませるため波などで一時的に強い張力が生じたときにスプリングの役割を果たしてくれて、乗り心地を良くするだけでなく、アンカーに直接作用するのを防いで走錨を未然に防ぐという役割を果たします。もちろんチェーンを付けたら短いロープで良いと言いなんて思われると本末転倒なのですが、出来たらチェーンを付けた方が良いですよという事です。
アンカーロープの選び方
アンカーロープの太さは艇によって指定されている太さのものを使いましょう。同じ25feetでもオープンタイプのフィッシングボートからフライブリッジを持ったクルーザーまでありますからその重量には大きな差があります。ロープを決めるときは艇長ではなくて艇の重量を基準にしてください。またアンカーと同じ様に加減ぎりぎりのものは使わないように。指定された以上の太さのものを選ぶようにしてくださいね。もちろん条件の良い時はそんな必要なんてないですが、アンカーやロープは万一の際最後の拠り所ですからくれぐれもプアなものは使用しないようにしましょう。
またアンカーロープは十分に予備を持つのが原則です。昔は積んであるロープを見れば船長の技量が分かるなんて言われたものです。いつも遊んでいる水域が岸から急深になっていて普段アンカリングしないとしても200m程あると万一の際も一応安心していられます。
絶対に予備を!
先ほどアンカーは底質に合わせて何種類か持ちたいと言いましたが、別の面からも複数のアンカーを積んでください。それはアンカーは時として抜けなくなってしまう事があるからなんです。特に小型ボート用として良く使われているダンフォース型の場合、岩などに引っ掛かってしまうという様なことがよく起こります。特に釣りをなさる方は根の近くにアンカーを打つ場合が多いですから、根掛かりの危険性はそれだけ高いといえるでしょう。こんな時は泣く泣くロープを切って捨錨するのですが、捨錨してしまうと帰りは錨無しです。こんな時何かあれば即漂流です。近くに岩礁地帯があってそちらの方向に流されたとしたら…。考えただけでもゾットしますよね。「自分はアンカリングしないから関係ないや」などと言わないで下さい。嘘のような話ですがバウパルピットに吊るしてあるアンカーが、荒天時ドシンドシンと波に叩かれているうちにロープが緩んで落ちてしまい、それがスクリューに絡まって航行不能になったなんてケースもあるんです。こんな場合、推進力とアンカーの2つを同時に失うという悲劇に見舞われるわけです。まぁ漂流するのも凪で風も無く天気が良くて、航路の心配も乗り上げる心配も無いような場所でしたらそれはまたそれで一興かもしれませんけれど、ちょっとでも荒れていたりすると命懸けです。プレジャーボートは推進力が無いと波や風に対してすぐに横を向いてしまいます。ボートは横からの波には弱いもの。最悪転覆なんて言うケースもあります。また座礁した時に予備のアンカーがあればとっても心強い味方になってくれます。
投錨時の注意
アンカリングするための手順は色々と紹介されていますので細かいことは省きますが、アンカリング時に必ず守っていただきたいことが2つあります。
まず1つ目はアンカーをしっかり効かすために十分強速でバックする必要があるということです。よくアンカリング手順でアンカーの向きを揃えてからロープを伸ばし、海底を食ったらそれでOKと申し訳程度にバックに入れますがこれではあまり効きません。ロープを十分に伸ばしアンカーが海底を食った後ロープをクリートに止めてから再度バックするのです。こんなに強くバックして大丈夫かな?と思うくらいしっかりとバックさせましょう。こうすれば海底にしっかりフリュークが食い込んで走錨する危険性がぐっと減ります。もっともしっかり食い込ませるという事は抜錨するのが大変だということですが・・・。走錨して大変な目に遭ったというのは大抵この正しいアンカリングをしていなかったのが原因です。
2つ目は投錨してロープの繰り延べも終わりほっと一息ついたとしても、しばらくはエンジンを切らないで下さい。最低でも5分は切らないで艇の状態を観察して欲しいのです。アンカーがしっかり海底を食って走錨していないか?振れ回って他船や障害物にぶつかったり浅瀬などにかかったりしないか?こういうことをじっくり見てください。エンジンを掛けたままなのは、万一何か問題があって再度アンカーを打ちなおさねばならなかったり移動したりしなくてはならなかったりすることへの対応です。止めてしまうとどうしても気がそぞろになり見張りが疎かになりますし、もしエンジンが掛からなくなってしまったら大変だからです。ですからエンジンを切る際は少なくともアンカーで自艇を安全に泊めておく事ができることを出来るのを確認してからにしましょう。筆者も動かそうとしても一旦切ったらエンジンが掛からなくなってしまい大変な目に遭ったことがあります。
アンカリング時には是非この2点に注意してください。
投錨時のトラブル
筆者が経験した投錨時のトラブルは次のようなものです。気を利かせたつもりでアンカーをロープともども投げ込んだ時、いくらロープを伸ばしても利いた様で利かずにずるずると走錨したことがありました。諦めて打ち直そうとアンカーを上げてみると、アンカーのフリュークにロープやチェーンが絡み付いてしまい団子になってフリュークが食わなかったなんてことがありました。アンカーは必ず真下に静かに下ろしましょうね。投げ込み厳禁です。
次にあったのは、今度は真下に降ろしたら良いってなもんで、アンカーの固縛を解いてそのままレッコしたら落ちていくうちに景気よくチェーンが踊ってしまいロープと結び付けてあるシャックルがすごい音を立ててバウスプリットをぶつかってFRPが大きく割れてしまいました。同様に走るロープに足を巻かれちゃった事もありますから、重くて大変だと言うことはありますが静かに下ろしたいものですね。筆者も物覚えが悪いので一回やってもなかなか覚えないのです。
バッテリーの切り替え
さてアンカリングして仲間と歓談するのってとっても楽しいですよね。時の経つのも忘れてゆっくり寛げます。しかしここでひつと大切なことがあります。アンカリングテクニックとは直接関係ないのですがとても大切なことです。アンカリングしたからにはいつかは抜錨して帰港します。しかしそのときエンジンが掛からなかったらどうしますか?そうです。アンカリング中に電気を使いすぎてしまってバッテリーを上げてしまったら大変なのです!シングルバッテリーならアンカリング中の電気の使用は厳禁。デュアルバッテリーにして1-2-BOTHの切り替えスイッチを付けていたとしても、正しく切り替えて使用しないと何の役にも立ちません。人間はミスを犯しやすい動物です。船長のしつけ教育ではないですが万一のトラブルを避けるためにチェックリストなどを作って注意しましょうね。
走錨
よく「アンカーがシケる」とも言いますが、この走錨というのは落としたアンカーが利かずにずるずると流れや風に押し流されることです。うっかりすると気づくのが遅れて大変なことになることもあります。これを回避するためには何よりもしっかりとアンカーを打つこと、そして常にワッチを怠らないことに尽きます。筆者も何度となく走錨を経験しましたがその中から印象深いものを綴ってみましょう。
一番微笑ましい思い出としてはお気に入りの泊地でのんびりしていると友人の艇が三々五々集まって左右に抱いてはまたその外に抱いてと5艇も連なって歓談していたら真中1本しか出していなかったらずるずるとシケてしまったことでしょう。このときは繋いだまま動いて打ち直したのですがまあ穏やかな泊地ならではの光景でした。でも無敵の5胴船は楽しかったです。
笑い話はこれくらいにして思い返せばやはり走錨の思い出は危なかったことばかりです。大潮の大引けの頃河口近くで投錨した時のことです。川の流れもありますし引き潮もきついので数ノットの流れがありました。当然川上を向いてラインを長く伸ばしていました。一方振れ回りも怖かったですし上げ潮になったときの反転流も怖かったので用心のためスターンからもアンカーを出し前後2錨泊をしていました。しかし午後になって南風も入り、上げ潮もきつくなって短目だったスターン側のアンカーが見事すっぽ抜けて走錨を始めてしまいました!バウ側のロープは弛むに弛みうっかりスクリューを回したら絡網しそうでしたし、そうかと言って隣の屋形船にはどんどん近づいていくしで大いに冷や汗をかきました。とっさに伸ばしたロープでアンカーが食ってくれたから良かったですがもし止まらなかったら大変なことになるところでした。
もう1つ恥を晒すようですがとても怖かった走錨の話し。同じく沖止めして潮干狩りを楽しんでいた時のことです。大漁の獲物にニコニコしながらそろそろ帰ろうと準備していた時のことです。例によって上げ潮と夏の午後の南風、そして漁船の大きな曳き波を食らった途端ずるずると走錨を始めてしまったのです!筆者はコックピットで後始末をしていたので気づくのに遅れ、あっと思ったときは海苔網の林立する浅瀬のど真ん中!浅瀬を200m程流されてしまったのです。大慌てでロープを伸ばして止めようとしましたが一旦走錨してしまうとなかなか止まらないんですよね。漸くと止まったときは既に海苔網の竹竿の列の真っ只中。もぉぞ?っとしちゃいました。水深僅か70cm。当然自走は出来ませんから予備のアンカー打って交互に引いてとやりましたが南西風と潮流が強くアンカーすぐシケてしまい、まさに1歩進んで2歩下がるを地でやってしまうという悪戦苦闘。2時間くらいもがいてとうとう諦めてそのまま潮が満ちるまで滞留することにしました。結局はペラの船底塗料を磨いちゃったくらいで実害はなかったんですが相当きわどかったです。周りに危ないから気をつけろ気をつけろと言っていた張本人としては立場上救助なんて求められないので必死でした。笑。
この様に急に風向きが変わったり潮流が変わったり水深が変わったりする時は走錨の危険があります。ですから錨泊中は夢々見張りを怠らないように注意しましょう。特に前線が通過した後の強風には注意しましょうね。私も何度か経験してドキッとしたのを思い出します。
また花火大会など多くの艇がひしめき合っているときは振れ回りですらぶつからないか冷や冷や物なのに走錨させたら大変です。海底がヘドロの時はしっかり利かせないと危険です。筆者も一度プレジャーボートが流されて屋形にぶつかって怒鳴りあいの喧嘩しているのを見たことがありますがこんな事になったら大変です。くれぐれもアンカーはしっかり打ちましょう。
以上今月はアンカーの仕組みからアンカカリングをしているときのトラブルに関してお届けしました。次回は揚錨時のトラブルから非常時のアンカーハンドリングについてお話し差し上げます。