電蝕 その2 ―愛艇の守り方―
毎日寒い日が続いていますね。東京ではもうすぐボートショーがやってきます。21世紀、ボートはどのように進化するのでしょうか。筆者も楽しみにしています。
さて前回までで電蝕とはどういうものであるかお分かりいただけたかと思います。今月号ではエンジン内部の電蝕と豊かなマリーナライフを送るときに気になる電蝕についてお届けします。
エンジンは別空間
先月号でジンクを設置し適切なボンディングをすることによりボートの金属を保護できることお分かりいただけたかと思います。しかし水に接している金属といってもエンジン内部の水は外界の水とは隔絶されているのでボート外部に設置されているジンクでは守れません。このためエンジン本体のヒートエクスチェンジャー等には独立したジンクが設けられています。このエンジンに付けられているジンクは結構見落としがちな部分です。しかしこのジンクのチェックと交換を怠るとエンジン内部も同様に電蝕を起こしてしまい、後々とんでもないトラブルを引き起こします。このエンジン内部でも特にトラブルを起こすところが何ヶ所かあります。直接冷却のガソリンエンジンでは海水のサーキュレーションポンプ、間接冷却のディーゼルエンジンではヒートエクスチェンジャーとインタークーラー等です。いくつか実例をご紹介しましょう。
筆者の友人艇での話しです。どうも走るたびにオーバーヒートを起こすので、インペラを替えてみたりサーモスタットを替えてみたりいろいろとやってみました。でもそれでも駄目なのでサーモスタットハウジング、エキゾーストエルボーやマニホールド等およそ考えられる所を替えたりチェックしたりしても治らず、とうとう頭に来てエンジンを下ろして徹底的に分解してみたところ、冷却水をエンジン内部に循環させるサーキュレーションポンプのハウジングがそっくり電蝕でなくなっていた、というとんでもない例がありました。
またヒートエクスチェンジャーも清水系の高温と海水系の低温とが薄い管を通して接しています。このため元々肉厚が薄い上に熱ストレスまで加わるので、ちょっと手入れを怠るとすぐに腐食してしまうのです。清水が減ってしまうというトラブルがあった時に業者が真っ先に疑うのもこの部分ですし、チェックしたり修理したりするのが手間が掛かるので、とりあえず替えてしまえとすぐに交換してしまうのもここです。それでいて金額的には結構値が張る部品ですし、ボートオーナーとしては長持ちさせたいところのひとつです。是非電蝕を起こさないようにジンクのチェックは怠らないでください。
またこちらはインタークーラーの話。知人が年に一度のオーバーホールをしてみるとインタークーラーがボロボロ、穴があく寸前だったそうです。このインタークーラーもヒートエクスチェンジャーと同様にターボチャージャーで圧縮された熱い空気が薄い管を介して海水と接しています。同様の理由でよく腐食するところですが、こちらの場合はヒートエクスチェンジャーと違って破れた際の損害は計り知れないものがあります。空気流路に水が漏れ出て、シリンダーでウォーターハンマーでも起こしたらエンジンは一発でお釈迦ですから実にきわどい状況でした。メーカー側もインタークーラーは頻繁なメンテナンスを求めているケースが多いですしよく注意しましょうね。
繰り返しますが、メーカーで規定されているチェック箇所は壊れやすい部分です。また言い換えれば壊れたときのダメージや損害が大きくなる部分です。くれぐれも疎かにしないでください。
快適な陸電も用法を間違うと危険
最近設備の整った大型の係留型マリーナが増えてきて、マリーナでのボートライフもずいぶん豊かになってきました。こういったマリーナでは各ポンツーンに陸電ポストが設置されマリーナ滞在中快適な環境を提供しています。実に気持ちが良く豊かな気分になりますよね。帰港後ポンツーンに愛艇を繋ぎ一日の疲れを癒すなんてボートオーナー至福の時かもしれません。しかしこの陸電を取る時は要注意です。簡単に陸電の構造を見てみましょう。
まずACを使うためには家庭用のコンセントのように2口必要であるというのはご理解いただけるかと思います。しかし海の上につながれるボートではこれだけではいけません。家庭では電気機器が万一ショートしたり漏電したりしたときにブレーカーが落ちて被害が広がるのを食い止めるのをご存知だと思いますが、ボートの上では周りが陸から絶縁されているために万一漏電してもブレーカーが落ちなかったりして火災や感電の危険があるからなんです。アメリカのABYCなどの規格でも、この2線式の陸電は安全性の観点から認められていません。簡易型の陸電で単にコードリールなどで電気を引いている方はそういう危険があることを理解の上よく注意してくださいね。
さてではこの危険を回避するためにはどうしたらよいのでしょうか?その鍵はアースです。家庭でも洗濯機や電子レンジなど、水周りの電気機器や高電圧を扱う機器ではアースを取れと指示があるのが普通です。このアースを取る事により万一の漏電などの際に電気を地中に逃がし、感電する危険を防ぐのです。ボートの場合も同様に陸側のアースを引いてきてボートのボンディングラインとつなげてやるのです。これによりボートにも架空の大地が出来上がり、ボート上の機器をボンディングすることにより万一のトラブルを防げます。先に述べたしっかりしたマリーナの陸電ポストは必ずアースが取られた30A以上のレセプターになっています。ですから当然それに対応するボート側もアース線のある陸電ケーブルを使用し、ボート側もしっかりアースをボンディングしておかないといけません。後付でボンディングしていない陸電などを時々見かけますが危険ですから注意しましょうね。自分で設置した陸電レセプターを使うときは極性やアースがきちんとしているか必ず確認してください。テスターを使えばすぐ分かりますが、専用のポーラリティーチェッカーというものもあって手軽に確認することができます。もしここでACの極性が間違っていると深刻な問題を引き起こしますのでよく注意してください。家庭内ではコンセントの極性を意識することなどほとんどありませんが、ボートの上では話は別です。自らの安全のためにも常に敏感になってください。
さて長くなってしまい申し訳ありませんが電蝕に関してはここまでは前振りです。ここからが本題。今アース線をボートのボンディングに落とさなくてはならないと書きましたがここに大きな問題点があります。電気というものは水や空気と同じ様に電位の高いところから低いところに流れるというのはお分かりかとは思いますが、陸電のアース線が繋がっている時、大地とボートが浮かんでいる海との間に電位差があったらどうなるでしょうか?当然陸電ケーブルのアース線を通じてどちらからどちらかへ電気が流れることになります。この時陸から海に向かって流れてくれるのでしたら問題ありません。でも海から陸に流れたら一大事です。海から陸に流れるということはボートの金属が際限なく溶け続けているということだからです。余談ですが筆者が勉強したころは電流の流れと電子の流れは逆方向・・・と習ったのですが、最近では同じ・・・と言うようになったらしいですね。古い頭では常に反対に考える癖がついていますので、もし読者の皆さんを混乱させてしまったらお許しください。ここで言っている「電気が流れる」というのは「電子が流れる」という意味です。ボートの金属が陽イオンとなって海水中に溶け出しているからこの電子が流れるからなんです。
このアース線を伝って海から陸に電気が流れるとボートのジンクは見る見るうちに減りますし、ジンクが減りきって電流を生み出す力が無くなると、今度はボートの構造物自体が溶け出していきます。時々係留型のマリーナで船内外機艇が電蝕でドライブを落としてしまったり、船内機艇でスクリューを駄目にしてしまったりという話を聞きます。本当にあの丈夫なドライブがポロッともぎれてしまうんですよ!まさに電蝕はボートを蝕むガンですよね。ということで便利で快適な陸電ですが使い方を誤ると大変危険なものであるという事がお分かりいただけましたでしょうか?
さてではこれを防ぐためにはどうしたらよいでしょうか?ちゃんとこの腐食電流を防ぐ装置があります。ガルバニックアイソレーターとかジンクセーバーとか呼ばれているものです。何の変哲も無いただの箱ですが、陸電のレセプターから来るアース線をボンディングに落とす前に入れてあげると、万一の漏電のときの交流は通してくれるけど、直流の腐食電流は通さないという役目をしてくれます。これさえ付けていれば安心して陸電を取ることができるのです。
陸電設備を持つボートでは必ずこの装置が付いているかを確認してください。係留保管が前提のある程度以上の大きさの船内機艇では付いていることが多いですが、中型の船内外機パッケージボート等ではパートタイムの受電しかしないということで、コストの関係から付いていないこともあります。こういった艇を長時間陸電に繋ぐと先に述べた「事故」が起こるのです。特に日本で後付けで陸電設備を付けた場合は注意してくださいね。先程ボンディングワイヤーの件でも書いたように自分で愛艇を守らないととんでもないことになりますので注意してください。温水機や他の電気機器でもガルバニックアイソレーター入れてないと保証の対象外ですってのが多いですよ。
更にこれを付けずに陸電を取ると自艇だけでなく周りの艇へ悪影響を与えることもあります。これはもう各人のマナーとしても考える必要が有りますね。アメリカのマリーナじゃガルバニックアイソレーターが付いていないと保管契約すら結ばせてもらえないなんていう話も聞いたことがあります。日本ではそんな事はいわれませんがそれでも大型マリーナでは人が居ない時は電気は切れと言われます。きっとそういう意味も含んでいるのだと思いますよ。このように多くの艇が集まるマリーナでは自艇だけでなく周りの艇の影響を受けるというところが話を難しくしているのです。
電蝕しているかどうかは計れます
ここまで読んだ筆者の皆さんはきっと今係留している愛艇が大丈夫かととても心配になっているはずです。でも無闇に怖がってばかりいたって仕方ありません。先月号で電蝕は科学だと述べましたがこういった電気化学反応は必ず理論的解があるのです。筆者はよく友人からどんぶり勘定の権化だと言われますが、そんな私でも理論的でない話は嫌いです。やはりしっかりとしたサーベイランスをして愛艇が大丈夫か安心したいものですよね?
さてでは自分の艇が正しく防蝕されているかどうかというのはどうやって分かるのでしょうか?これにはコロージョンメーターという一種の電圧計を使うと分かります。亜鉛ジンクに対して各金属がどのくらいの電位に保たれているかというのを図るのです。なんだデジタルテスターで良いのか?と思われそうですが、そんなに簡単ではありません。両者はボンディングワイヤーで繋がっているので直接測っても電位差なんてあるはずありません。当然ですよね?両者の電位を測るには外部の海水に対してそれぞれの金属がどの程度の電位にあり、その差がどの位あるかという計算をしなくてはならないのです。このため塩化銀の参照電極を艇外に垂らさねばならず、この電極さえ手に入れば手持ちのデジタルテスターで測定できますが、やはり手軽さから専用の測定機を用いた方が楽です。
使い方は至って簡単。外部センサーを船外に垂らし、もう一方の端子を測りたい金属に当てるだけです。これでその金属の電位がどの位あるかが分かります。あとは金属の種類によってメーターに刻まれているスケールを読んで安全かどうか判断するだけです。
アメリカなどでは極一般的に専門のマリンサーベイヤーに測定を頼んだり、問題点があったときのアドバイスを受けたりしています。それ以外にも中古艇を売買するときや通常のメンテナンスに関しても多くの繋がりがあるのが普通です。でもこういった関係は残念ながら日本ではほとんど行われてはいないようです。こういった点ひとつをとってみても日本はまだまだボート後進国なんだな?と感慨深げに思うのは筆者だけでしょうか?
ジンクは多いほど良い?
ではここまで読んで、なんとなくジンクは多いほど良いんじゃないかと思う方もいらっしゃるかと思います。しかしそうとばかりも言えないのです。ジンクを増やしてあちこちに設置したり大きなものを付けたりすると、もちろんコストが掛かるということもありますが、それより余分な防蝕電流が発生して、防蝕される側の金属表面からガスが出て痛んだり、その周りの塗料が剥げたり、かぇってアルミハルではアルミが腐食してしまったりといろいろな悪影響があります。特にウッドボートでは過剰な電圧によって木材がグズグスに破壊されるなどといった弊害があります。もちろん足らないよりは良いかもしれませんが何事も過ぎたるは及ばざるが如し・・・という奴ですね。メーカー側もきちんと計算して安全率を見越して適切な場所に適切なだけのジンクを設けていますから、まずはメーカー指定のジンクを維持するということが大切です。その上で自分なりにカストマイズされた艤装を施したり、保管場所の状況が思わしくないときなどに測定を行って対策を取ればよいのです。これは防蝕の度合いがジンクの大きさと、守られるべき金属の種類や表面積の比で決まるからです。逆にいえばジンクは守るべき金属が守られる範囲の電位に保持できる様な大きさに調整するのです。
ですから半分に減ってしまったジンクをまだもったいないなどと後生大事に使っていると痛い出費になりますから注意しましょうね。
艇種別電蝕対策
さて最後に艇種別の電蝕対策について述べてみましょう。
・ 船外機艇
船外機艇は電蝕に関しては一番気が楽です。船体自身はFRPのどんガラで船底にはほとんど何もありません。エンジン自身は通常保管時はチルトアップしてしまいますから、メーカー指定のジンクだけ付けておけばほぼ安心です。唯一マリントイレを設けている場合にスルハルが気になるところです。まあ海水中のブロンズ単体の耐蝕性は十分にあるのですぐどうこういう心配は無いですが、保管場所の周りの環境によって左右されるので係留場所のチェックは必要だと思います。場合によっては樹脂製のスルハルとシーコックを使えば電蝕に関しての心配は要らなくなりますね。
・ 船内外機
電蝕に関しては船内外機艇が一番問題となるケースが多いです。ドライブについているジンクはドライブしか保護しませんし、ドライブ自身の表面積が大きいのでステンペラを使うときなどは防蝕しきれない事もあります。ステンペラを使うときはジンクの増設やマーカソードなどのアクティブアノードの設置をお勧めします。またエンジンルームの船底に設けられたインテークのシーコックや、マリントイレのスルハルは何もジンクを設けないでボンディングすると場合によっては一気に電蝕する可能性もあります。係留場所によってはよく注意してください。またエンジン内部には海水が残りますからジンクのチェックを怠ると大変です。
・ 船内機艇
このクラスになると係留保管が前提となり元々十分に耐蝕性のあるマテリアルで作られていることが多くなります。船底には多くの金属が点在しボンディングワイヤーは必須となります。繰り返しますが海水に面する金属は必ずボンディングしてください。陸電を取ることも多く一旦何かあった場合は甚大な被害になるので、しっかりしたジンクを付けてテストメーターによるチェックをお勧めします。要は愛艇のコロージョンサーベイランスをするのです。
以上電蝕について述べてきました。最後の方は理屈っぽい話ばかりになって頭の痛かったことと思います。しかし電蝕は本当に科学なのです。是非当てずっぽうではなくては理論的に考えてください。正しい対策を講じてあげれば闇雲に心配することなく安心してボートを係留しておくことが出来るのです。
次号ではアンカリングにまつわるトラブルについてお話差し上げます。