読者の皆さん新年あけましておめでとうございます。21世紀を迎えなにやら新しい気分ですね。皆さんは初日の出クルージングにはいかれたでしょうか?でも本当に毎日寒い日が続きますね。筆者も暖かくなるのを首を長くして待っています。さて今月は先月号でも触れましたが気になる電蝕についてお届けします。
電蝕とは?
ボートオーナーなら一度くらい電蝕という言葉を聞いたことがあると思います。もしなかったとしても、ボートにはジンクという金属の塊があって、時々交換してやらないといけないということはご存知だと思います。でも電蝕が何かということを自信を持って理解している方は案外少ないようです。さて、では電蝕とはいったいなんでしょう?電蝕というのは電気を通す液体の中に接触した異なる種類の金属が浸かった時に、一方の金属から他方の金属に電気が流れることが原因で起こる腐食の事を言います。この電蝕はボートにおけるガンのように気づかぬうちに進行し、気づいたときはもう手遅れという実に深刻なダメージを与える可能性があります。時には沈没事故を引き起こすことがありますので決して馬鹿には出来ません。
電蝕はグレムリンの仕業ではありません。
科学です。
ではなぜ異なる金属を電解液に浸すと電気が流れるのでしょうか?これには高校の化学の時間を思い出してください。もし古い教科書かお子さんがお持ちでしたらご覧になってみてください。「金属のイオン化傾向」というページがあるかと思います。「まああてにするなひどすぎるしゃっきん・・・」などと語呂合わせで試験勉強したのを思い出しませんか?そうなんです。このイオン化傾向というのが電蝕の原因なんです。ボートを構成している様々な金属が電気的に繋がった状態で海水に浸かると、このイオン化傾向に従ってイオン化傾向の高い金属から低い金属へ電気が流れるのです。一種の電池を形成してしまうんですね。これが電蝕の原理です。これは純粋に科学の原理に従っていますから何人にも止めることは出来ません。
この電気が流れる時に、イオン化傾向の高い金属は自ら分解し溶液中に溶け出します。電池でしたら電気を使い尽くしてしまえば交換してしまえば良いですがボートではそうはいきません。大切な金属が電蝕してしまったら一大事なのです。
合金ではどうなるの?
さて今述べたイオン化傾向は純粋な金属の場合での話です。でもボートで使われる金属材料のうち純粋な金属が使われるというのはまず有り得ないでしょう。ほとんどのものはその強度や耐蝕性等の特性を改善するために様々な金属が混ぜ合わされた合金です。ではこの合金をミクロ的に見てみましょう。金属の添加割合は合金によってまちまちですが、ほとんどのものは地金となる金属に数%の割合で添加されています。このため地金の金属原子の中に添加された金属の原子が点在している状態になります。このため場合によっては1種類の合金を海水中に浸けただけで電蝕が発生することがあるのです!その代表的なものは黄銅(=真鍮、ブラス)の脱亜鉛でしょう。
黄銅というのは銅に亜鉛などを添加した金属で広く使われていす。一般的にはネジなどでお目にかかることが多いでしょう。この黄銅は海水や水が掛かる環境で長年使われていると成分中の亜鉛が電蝕で抜けてしまいスカスカのスポンジのようになってしまいます。ナイフで削れるくらい柔らかくなったり、もっとひどい場合は頭がポロっと取れてしまったりします。木と木と接合するだけだからといって、ボートでこんなネジを使うと後々ひどい目に遭いますから注意してくださいね。
この様に一見すると異なる種類の金属は接していないように見えても、実はその金属内部自身で電蝕を起こすというケースもありますので、「どこにも接していないから大丈夫」なのではなくて海水に接している金属は「必ず防蝕してあげないと」いけないのです。
ボートの守護神ジンク
ではこの電蝕を防ぐにはどうしたらよいでしょうか?答えは1つしかありません。守りたい大切な金属よりよりイオン化傾向の高い金属(よりアクティブなと言い換えても良いです)を接続し、それを犠牲にすることによって構造物を守るのです。この役目を担っているのがジンクなのです。ジンクとは亜鉛のことで、ジンクアノードとか犠牲陽極(サクリファイシャルアノード)などとも呼ばれている灰色の鈍い光沢を持った金属です。このジンクは守るべき金属と電気的に結合されて自らが海水中に溶け出すことによりそれを保護しています。この時に流れる電流を防蝕電流と呼び、その電圧は亜鉛と結合された金属のイオン化傾向がどれくらい離れているかによって決まってきます。
このためジンクは自らが常に海中に溶け出しているのです。これがジンクが減ってしまう理由です。でもだからといって勿体ながってはいけません。このジンクが減ってくれているからこそボートの大切な金属が守られているからなのです。このジンクの交換を怠り減るがままにしておくと他の金属を守る電流を流せなくなって(ちょうど電池が空っぽになるのとおんなじです)大切な金属が見る見るうちに減ってしまいます。ですから夢々ジンクの交換だけは怠らないようにしましょう。筆者の友人でジンクの交換をせずに放置してあった艇を買って、ドライブがすぐに駄目になってしまった人がいます。良く見ると電蝕でドライブに穴が開いており、細かくチェックしてみると全体に痩せてしまってあちこち手でむしれるくらいガタが来ていました。こうなってしまうとドライブ全体を交換するしかありません。友人も泣く泣く交換していました。たかかジンクされどジンクですから是非このジンクのチェックをするようにしましょう。
ボンディングが無いと効果はない!
さて今ジンクは自らを犠牲にして他の金属を守るといいましたが、これをするためには守られるべき金属とその亜鉛が電気的に繋がっていないといけません。電蝕を防ぐにはこれが非常に重要なファクターです。これを実現するためには海水に接しているボート中の金属が電気的にジンクに繋がっていないといけないのです。ジンクとの間に電池を形成させないといけないからです。本物の電池だって線を繋がないと電気が流れないのはお分かりですよね?
さてボートの上でこれを実現するのがボンディングワイヤーです。このボンディングワイヤーというのは、スルハルやシャフト、ラダー、エンジン等海水に接している金属を電線で繋ぎ、ジンクと電気的に結合させる造作です。これをやって初めて各金属はジンクによって防蝕されることになるのです。つまりボートにジンクが取り付けてあったとしても、それを電線で繋がないと何の役にも立っていないということです。このボンディングワイヤーは船底をのぞいてみると、緑色の電線があちこち這い回っているのを見ることができると思います。
後付けてマリントイレなど付けてシーコック等を増設するときは、必ずボンディングすべきです。もしボンディングもせずに適切な防蝕が出来ないならば金属でないものの方がよほどマシです。このボンディングに関しては業者の中にも、場合によってはメーカーの販売店でも無頓着なところがありますからよく注意してください。筆者も時々国産艇でボンディングワイヤーがないのを見てどうしてなんだろう?と不思議に思っています。こういう隠れた部分こそボートオーナーとしては敏感にならないといけません。自らの艇を守るのは最終的には自分自身だからです。
筆者が勝手に思っていることですが、日本のメーカーさんなどトイレのシーコック等はボンディングしなくても艇体自体が駄目になるまでに飛ぶことではないなんて思ってるんじゃないかなと思うことがあります。メーカーさんいかがでしょうか?是非この筆者の疑問に答えて欲しいものです。
保護電流の効果が及ぶ範囲
さて、ではジンクを付けてボンディングワイヤーで保護する金属と電気的に接触させればそれでOKでしょうか?答えはNoです。これは海水の導電率が低いために遠く離れた金属に十分な保護電流を流せなかったり、より影響の強い金属の作用に負けてしまうことがあるからです。防蝕はなかなか一筋縄ではいかないのです。その実例をご紹介しましょう。
スターンドライブのハウジング本体はほとんどの場合アルミ合金で作られています。また使われているスクリューもほとんどの場合はアルミです。この場合、使われている金属のイオン化傾向がほぼ同じであり、内部のナットやプロペラシャフトの材質が多少違ってもその表面積が小さいこともあり、通常アンチベンチレーションプレートやスクリュー根元に付けられているアノードだけで十分防蝕することが出来ます。しかし軽い気持ちでアルミのスクリューの代わりにステンレスのスクリューを付けたらどうなるでしょうか?答えは破滅的なのです。何故ならステンレスのスクリューは海水中に暴露される表面積が大きいため、ドライブ本体のアルミ合金との間に多くの腐食電流が流れてしまい、元々付けられている小さなジンクだけでは防ぐことが出来ないのです。この問題に結構無頓着な方が多いのですが、論より証拠、写真を見てください。係留艇でスターンドライブにステンレスペラを付けて、防蝕対策を施さないでいると大切なドライブ本体が見るも無残に電蝕してしまいます。手で簡単に千切れてしまうほどになるのですから夢々対策を怠らないでください。これを防ぐためにはプロペラシャフトにジンクを増設したり、能動的に防蝕電流を流すアクティブアノード等を付けなければなりません。
またボンディングしたはいいのですがジンクを増設しなかったため、かえって電蝕を促進してしまったという例もあります。とある艇でのことです。トイレのシーコックにボンディングしておいたところ、1年でなんと2回も電蝕してスルハルが飛んでしまいました。一度など航行中トイレから突然水が溢れてきたなんて言う恐ろしい状態になったのです。それ以後ボンディングをやめて大丈夫になったということですが、これは決して大丈夫になったのではありません。腐食するのが遅くなっただけです。でもボンディングしておかしくなってしまったのはなぜでしょう?それは恐らくボンディングした際にジンクを増設しなかったため、十分な保護電流を流せなくてかえってそのスルハルがアノードの役割を果たさせられてしまったのではないかと思います。
この様にジンクは何でもよいから付ければ良いというものではなく、付けるべき適切なサイズがあるのです。海水の伝導率が低いためにジンクの単位面積辺りに流せる電流密度が低く、小さなジンク=表面積の小さなジンクでは十分な電流を生み出すことが出来ないからなのです。
ですからボンディングやジンクを追加するときは専門家によく相談しましょう。来月号では具体的にその測定方法について述べたいと思います。
異種間金属の接触に注意
ドライブや鋼船には船底塗料とは別に塗料が塗られているのをご存知ですよね?これは水に浸かる電極面積を減らし、流れる電流を減らすことによりジンクの消耗を防ぐという意味も持ちます。このため導電性の無い塗料を塗っています。ですからこういったドライブなどに塗る塗料は何でも良いというものではなく、必ず専用のものを使用しましょうね。ホームセンターなどで売っている塗料には導電性を持つものも少なくありませんから、保護するつもりで塗ったのがかえって腐食を促進してしまうという悲喜劇を引き起こしたりしますので。
また特にハルの材質がFRP以外のアルミや鋼の場合はより一層の特別な注意が必要です。アルミや鋼はそれ自身導電性があります。このような船体でもいろいろな艤装品は通常のものと同じですから、後付けでブロンズのシーコック等を艤装するときには船体と金具の間を「必ず」絶縁しないと後々とんでもないことになりますので十分注意してください。
また電蝕は何も海水中でのみ発生するわけではありません。船上の工作物でも雨水が掛かりますし場合によっては海水だって被るかもしれません。そうすると導電性が生まれますので、アルミのレーダーアーチをステンレスボルトで組み付ける・・・なんていう事をするときは、出切ればスリーブや絶縁ワッシャを組み込んであげられると良いですね。アルミやステンは酸化皮膜を持っているので大丈夫だという方もいらっしゃいますが、筆者の経験的にはやはりあまり具合が良くないようです。もしどうしてもそれができないときは、なるべくイオン化傾向が近い「親類」の物を使うようにしてくださいね。
アンカーやチェーンはなぜ大丈夫?
普通ボートに使われるアンカーやアンカーチェーンは鋼鉄製です。これに亜鉛のドブ漬けメッキを施して売られています。白っぽい鈍い色の金属に見えますよね?あれがそうです。こういったアンカーやアンカーチェーンは使っていくうちに傷が付いたり擦れたりして鉄の地肌が剥き出しになることが良くあります。そうしたら電蝕を起こす心配は無いのか?と思われる方もいらっしゃるかと思いますが心配ありません。先に亜鉛のドブ漬けメッキ・・・と書いたように、こういったものは自身に亜鉛の衣を着ていますから、言うなればジンクの塊・・・と言っても過言ではありません。そのため岩等に擦れて傷がついたりチェーンのリンク部分が擦れたりしていても電蝕することは無いのです。剥き出しになった鉄の部分とその付近の亜鉛表面の間に電気が流れて亜鉛が溶け出すことによって鉄を守ってくれているのです。うまく出来ていますよね。もちろん空気中では酸化による錆びが出ることはありますのであまりひどいようでしたら亜鉛含有塗料でも塗ってあげると良いと思います。この亜鉛含有塗料は防蝕性能が高いので筆者も重宝していて、よくエンジンベッドの足とか下回りの部分に使っていたりします。
酸素の防護服
アルミやステンレスといった金属はちょっと面白い性質を持っています。それは金属の表面が酸素と結び合って不動態皮膜を作るというものです。不動態皮膜なんていうとなにやら難しく聞こえるのですが、要するに安定した皮を持っていると思ってください。この皮膜は工業的にもよく利用されていて、例えばアルミサッシ等で薄茶色に色がついているものがあるじゃないですか?あれは別に塗装しているわけでもアルミ地金に色を混ぜているのでもありません。あれはこの皮膜に色を付けているんです。もっとはっきり身近には、野外などで雨ざらしになった古いアルミの表面が粉吹きイモの様に白っぽい粉のようなものが付いているのを見れると思います。あれがアルミの酸化皮膜です。あれがアルミの表面を守ってくれているのです。ステンレスも同様で、空気がふんだんにある環境では海水に対して十分な抵抗力があります。(これをパッシブ状態といいます)このため船上のパーツに使われるときは長持ちするのです。このためステンレスは海水には強いと思って、知らない方は時々ステンレスを水中の部品に使ったりしますが、これは間違いです。水中では酸素濃度が低いのでステンレスは酸化皮膜を保持できず、その大部分の組成である鉄の性質が出てきます。このためステンレスは水中では案外弱いのです。もちろん異種金属の間での電蝕の犠牲者ともなり得ます
(これをアクティブ状態といいます) 。この様にステンレスにはそのおかれる環境によってその耐蝕性が大きく異なることを覚えておいてください。
材質には敏感に
?ブロンズとブラスの違い?
ブロンズ(青銅)は銅と錫の合金、ブラス(黄銅)は銅と亜鉛の合金でどちらも銅系の合金ですがその性質は大きく異なります。ボートの上で使いたいのは当然ブロンズです。ところが一般に市販される配管の材料でニップルはブロンズのものがなく、ブラスしかありません。このためエンジン冷却用の海水を取り入れる配管にブロンズとブラスを組み合わせて使うとブラスが電蝕を起こしてしまいます。ですから極力海水流路にはブラスのニップルは使わないようにしましょうね。どうしても使いたいときはホースエンドを使ってゴムホースを介して接続しましょうね。万一の破断を招かないための予防措置です。海水流路が破断したら大変ですから。
また一口に同じ「ブロンズ」といっても海での使用が前提となっていないものは、その耐蝕性が著しく劣る場合があります。これはその組成によって実に様々な「ブロンズ」があるからです。筆者だって見ただけでこれを区別することはできません。でも間違ったマテリアルを使うと悲劇の元ですから必ずマリン用のものを使ってくださいね。
以上電蝕の原理とその症状、被害について述べてきました。電蝕は甘く見ると本当に大変な目に遭います。是非注意してください。次号ではエンジン内部の電蝕と陸電を繋いだ場合の問題点についてお話差し上げます。