先日パーフェクトストームという映画が封切られましたが皆さんご覧になられましたか?あれはボー
トオーナー必見です。荒天に際しての心構え、艇や乗員の安全に対する対処等、実に考えさせら
れるものがありました。是非一度ご覧になってみてください。
さて今月号ではちょっと趣向を変えて筆者が実際に体験した荒天航行についてお届けし
ます。他人の不幸は蜜の味・・・ではなく他山の石としていただくため、教訓を交えながら
振り返ってみましょう。少しでも皆さんの参考になれば幸いです。
筆者の怖かった体験
長年ボートに乗っていれば誰でも一度や二度は怖い思いをした事があると思います。筆者も幾度
となくひどい目に遭ってきましたが、今日はその中から思い出深い体験を綴ってみます。
某年8月、今日は待ちに待ったマリーナのクルージング大会です。東京湾奥から風光明媚な南
房総富浦まで一気に走り抜ける予定。現地ではバーベキューあり海水浴ありの楽しいイベントが
待っています。前夜の天気予報では「快晴で南寄りの風がやや強く・・・」程度でしたが、朝6時に
マリーナに着いてみるともう既に南風が吹いています。皆さんも海風陸風っていう言葉を聞いたこ
とがあると思いますが、普段静かな日ですとこの時間は穏やかな北風が普通です。マリーナの会
長と顔を見合わせて「まずいな?もう南が入っていますね。予報よりは大分強くなりそう。今日はち
ょっとばかりラフになりそうですね。」なんていう話をしていました(これなど立派な観天望気ですよ)。
俗に「梅雨明け10日・・・」といって、梅雨が終わって10日間くらいは天候が安定し風も弱く穏や
かな晴天が続く・・・という諺なのですが、どうもこの年は梅雨明けから毎日強風が吹き荒れていまし
た。そして朝のこの会話はいみじくもクルージングの行く末を暗示していたのです。
準備やキャプテンズミーティングを終えいよいよ出発です。川を下り海に近づくにつれてますます
風が強くなってきました。案の定港外に出てみるとかなりウサギが飛んでいます。乗っているメンバ
ーによっては断念するところですが、今回は屈強なメンバーを揃えていますので心配ありません。
実は筆者は以前何回か妻や小さい子供を連れていて途中でリタイアしたことがあるのです。皆な
の楽しかったお土産話を聞きながら悔しい思いをしたものですが、まあ諦める勇気を持ったことは
後悔はしませんでした。でもそれでもやっぱり悔しいものは悔しい・・・そういうわけで、今回は妻も
子供も振り捨てて参加したのです。ですから少々の波に怯むものではありません。真っ向から波と
の対決です。しかしその後に体験したのは今までに見たこともないような海だったのです。
荒れたといっても富津岬までは風裏になっていのでそれ程たいした事はありませんでした。それで
もその頃横浜を出た友人は本牧沖のあまりの荒れ方に断念、リタイアの電話をもらいました。やが
て富津岬を交わすと一気に海況は悪化。這うようなスピードで前走艇を追います。金谷を越す辺り
から一段と波が高くなってしまって、もう引き返すこと自体出来なくなってしまいました。ここで引き
返すと波に追われてもっと状態が悪くなる・・・。波高は3m近くあったと思います。しかも相変わら
ずチョッピーで波長が短く巻き波になるくらいの感じの波・・・。
一瞬避航することも考えましたがここで引き返すのはあまりにも無謀です。この波の状態で後ろか
ら追われると余りにも怖い・・・。しかもここまで相当燃料を使っているので、引き返すだけの燃料は
残っていないかもしれません。荒れた時は加減速を繰り返しますし燃料の消費量が激増しますか
らね。一方近くの港になら・・・と思ってもこんな状況では一度も入ったことのない小さな漁港に入る
ことはできません。なぜなら進入路近くに定置網があったり、海底の関係からどんな波が立つか、
波浪を避けて長時間避難していることが出来るかなどまったく情報がないからです。電話をしよう
にも揉まれてしまってとてもじゃないけどそんな余裕はありません。もちろんフライブリッジは常に波
の飛沫を被り全身びしょ濡れです。携帯も防水ケースに入れておかなければ一瞬にして昇天して
しまうくらいでした。こんな状況のもと「残された道は目的地まで行くしかない」と筆者は必死の思い
で富浦を目指したのです。
そんな難行苦行の中、特に最後に入港するときに左に転進するのがとても怖い思いをしました。
可航水路の関係でどうしても横波を受けざるをえなくなってしまい、事実1回横波を受けて「あっも
しかして転覆するかも?」って思ったくらい傾いだこともありました。本当に怖かったですね。港の中
にまで波があんなに打ち込んで入ってくるなんてめったにないことでした。
このときの教訓。
・ 自分や艇が限界と思う前に止めよう。
・ 荒天時燃料は通常の倍以上かかることもある
・ 入ったことのない港には緊急避難できない。
・ 必ずしも引き返すことが安全だとは限らない。
・ 出入り時に波がきつい泊地は荒れきってしまうと戻れない。
マグロ
またまた某年3月のある日、「マグロで有名な三崎漁港でマグロパーティーをしよう!」とい
うことで楽しい仲間とクルージングに行くことにしました。マグロ御膳や兜焼きなどいっぱい予
約して気分はルンルンです。あけて当日、天気予報ではまずまずでしたが出てみると春一
番の様な南がドン吹いて富津岬の向こうは大変な騒ぎに・・・。いつもでしたら早々に中止す
るところですが予約してあったのがいけなかったですね。「兜焼き兜焼き兜焼き?キャンセル
したら請求だけ来て大変だ何が何でも食べに行かなくちゃっ!」って思って無理してしまい
ました。春にのっぴきならない状況を作ってクルージングに行くのは懲り懲りです。変な話で
すが行き当たりばったりが一番かと。笑。
さてそんな状況で強行軍をしましたが、金田湾まで行ってしまうと避航する場所もなくとも
かく三崎まで行くしかありません。波高3mを超えるような大荒れの中ホウホウの呈でなんとか三
崎港に逃げ込むことが出来ました。
ゆっくりマグロを堪能した後岸壁に戻るも、風はますます強くなっています。ゲームフィッシングの
世界で有名なバートラム50のオーナーさんにも「明日休みなんだろ?無理して出るな出るな。命
あっての物ダネだぞ。」とご忠告を受けました。とりあえずいける所まで行ってみようと船酔いが危な
そうなゲストを電車で帰した後、漁協のおじさんに「駄目そうだったら戻ってくるから」と言い残して
出港しました。確かに出てみるとさらに波高が高くなっています。さすがに地元の方はよく分かって
いるって感じ。館山に戻る観光船も三崎に避泊、久里浜?金谷間のフェリーも欠航ですものね。
これもまたちょっと無理をしてしまいしまたか。
限界
出てはみましたがとてもプロパーコースは取れないので沖出しして逃げていきました。もちろん
FBの上をオーバーヘッドの波が吹きすさんでいます。ピッチング、ローリングも30度を超えてちょ
っと怖いくらい。そうして耐えること10分。南東に向かっている段階で僚艇のカリビアン31がバウ
で波を杓うということでこれは限界と帰港を諦め三崎港に引き返しました。180度変針するときは、
大きな横波をもらわないように、慎重に慎重に波を読み、強速で素早く一気に変針します。波は
生き物です。常に一定の大きさではなく、何波に一回は大きい波、何波に一回は小さい波といろ
いろな周期がありますからよく観察しましょう。何年か前に外房で家族連れのボートが漁師が出漁
を見合わせるような荒天の中出港していき、出たは良いけど波が高すぎ引き返そうと転針したとき
に横波を食らって転覆し、お子さんを含む何人もの死者を出したのは記憶に新しいこと。このとき
も二の舞になってはいけないと慎重を期したのは言うまでもありません。
この様に自分の限界を見極め、途中で引き返す判断、避航する判断をするのもとても大切なこ
とです。バディーを組んでクルージングしていると自分がそろそろ限界だと思っても、なんとなく自
分からは言い出しにくくて「早くあいつ止めたって言わないかな??」なんてつまらないやせ我慢を
しちゃうことがありますけど素直になりましょうね。これは筆者自分自身に言い聞かせている言葉で
す。笑。
この時諦める判断をした理由は、もちろん向かい波をバウで杓うので明快だったんですが、それ
に加えて転針して進路を北に取ると真追っ手の波になるので危険を感じたということもあります。こ
の波高での追い波はブローチングの危険がありますから。また現地でちょっとしたトラブルで出港
が遅くなってしまったのもひとつの理由です。ただでさえ一波ごとにオーバーヘッドを被って視界も
悪かったのにこの状態で日が暮れたら後は運を天に任せるしかない。という事等からでした。どん
なに揉みくちゃにされていてもキャプテンは冷静に先の先を読んで判断を下しましょうね。
荒天避泊
安全な港に戻って家族やゲストを電車で帰し、キャプテン達は荒天避泊の準備です。フェンダ
ーを十分に出し、ロープは擦れ止めをし、増し舫。あとはワッチしながらただひたすら待つだけ。普
段なかなかゆっくり話をする機会もないので、こういうのもなかなか悪くはないです。でもこういう時
のために最低限の宿泊準備はしておくと良いですね。まあ夜皆なで夕飯を食べに入ったラーメン
屋が死ぬほど不味かったのはご愛嬌ということで。
食事を摂りながら天気予報を見ると翌日は北の強風が吹き荒れるとの事。「まずいな?」とは思
いつつとりあえずすることはないので早く寝ることにしました。南の後北に変わるので風止まりを期
待して早起きするぞ。
翌朝4時くらいには思った通り風が止まり、あれだけ波が騒いでいた港内も月明かりが鏡の様な
水面に映っていました。「このチャンス逃すまじ」ということで5時から出港準備。薄明るくなった5
時半には舫を解いて夜明け前の黎明に向かい三崎を出港しました。北風が大分強くなってきて
いましたが風裏の剣崎沖は昨日と打って変わって波高50cm。快調に飛ばしましたが剣崎を交わ
して北に向かったらすごかった。その日東京では29m/sの瞬間最大風速を記録したのです。
一気に波高3m。年中オーバーヘッドを被る始末。それでも真向かいの波なので転覆などの心
配ななかったのでじっと耐えながら保針します。眺望が利かないのでGPSに設定したコースとコン
パス、レーダーだけが頼り。まるで飛行機の計器飛行みたいでしんどかったですね。何しろ見えな
いというのは気を遣います。
見張りは厳重に!
その後横浜で僚艇と別れた後羽田沖に差し掛かる頃は、ますます風が強くなりひと波ごとにオ
ーバーヘッドを被るようになり視界はほとんど0。それでもとてもエンクロージャーを開けられる状況
ではありません。8knotくらいの微速で這うようにして進みます。もちろんレーダーがフルに活躍し
たことは言うまでもありません。羽田の朽木沖などあちこちに本船もアンカーを入れながらスクリュー
を回し、守錨しながら避泊しているのが見えます。時折開ける視界の中、停泊しているかどうかの
前部マストの黒球に神経を集中していました。そんな中、東京港西航路沖に差し掛かったときのこ
とです。数万トンクラスのコンテナ船が右手に見えてきました。もちろんレーダーで事前に要注意と
していたのは言うまでもありません。限られた視界の中そのマストに黒球を見た気がした。確かに
見たと思ったのです。
向こうが航行中だったらもちろんこちらが避航船。でも「よし。停泊船だから前方を突っ切っても
問題はない」と判断し500mほど前を横切ろうと差し掛かった瞬間、本船の右舷側からタグボート
が猛然と飛び出してきたではないか!「やばい!あの本船は東京港西航路の入港船でタグボート
は先導だ。こっちが突っかけていったので身を呈して進路を開けにきたな」と瞬間的に分かり、大
慌てで左転しました。もう右転する余裕はなかったんです。本船と同航する進路まで回頭するとな
んと既に本船のまん前ではないか。まずは真っ直ぐに逃げようと思ったが荒天の事、あまり速力も
上げられない。泊まっているように見えた本船は7?8knotで動いていたんですね。やっとのことで
左に進路を外しホッと一息。ほんとに焦りました。
普段から相棒に、「こっちが保持船だろうがなんだろうが本船の前を突っ切るんじゃない。相手
が停泊していても間をすり抜けるようなことはするな」と口を酸っぱくして言っていたのに面目ない
限りです。この場合自分が等速・等方位で進めずのた打ち回っている状況ではレーダーのエコー
トレールで相手船の動きを測ることはほとんど不可能であったろう。と自己弁護する。笑。
また、あの状況では肉眼では本船が進んでいるかどうかなんて判らなかったのです。だって本船
のバウに波があたって停泊してるんだか走ってるんだか判断がつきませんでしたから。見た目は一
緒ですからね。
でもこの時は改めて目視確認の大切さを思い知らされました。エンクロージャーの中でぬくぬくと
操船していてはいけないんですね。昔の駆逐艦乗りみたいに全身ずぶ濡れでもオープンブリッジ
にがんばってないと駄目なんですね。笑。
こんなヒヤっとした経験は久しぶりです。その後は以前にも増して慎重になったのは言うまでもあ
りません。
ちょうどこの筆者の難行苦行の航行をしている頃、自宅で待つ妻が見たものは「ボートが転覆、
学生5人救助?神奈川・葉山沖」というニュースでした。某大学のヨット部の20feetのボートが高
波を受けて転覆したとの事。幸い無事全員救助された様ですが、同じ海を走った者として言わせ
てもらえば、もちろん艇によっても異なりますがあの海況に20フッターではちょっと油断をすると容
易に転覆するのは想像できました。筆者だったらきっと出なかった事でしょう。荒天航行は少しず
つ自分の限界値、艇自身の持つ限界値を探るようにして試していかないと駄目です。いきなりキャ
メルトロフィーが出来るわけではありません。己を知り敵を知れば百戦危うからず。この精神で行き
ましょうね。いきなり無茶をするのは無謀者です。何か都合があってどうしても出なくてはならないと
いう気持ちはよく分かります。でもその結果海難を起こしては元も子もありませんのでよく考えてく
ださい。止める勇気、出ない勇気大切にしてくださいね。
このときの教訓。
・ 他の事由で行動を制約されるのは危険。
・ 荒天時見張りは厳重に。
・ いつも以上に時間には余裕を持って行動しよう。
・ 自由が利かないのでコース取りは慎重に。
・ なんとしてもブローチングを起こしたり横波をもらわない様に。
以上筆者が体験した荒天航行についてお話差し上げました。我々は職業ではなく遊び
でボートに乗ってこいるのですから危険を冒してまでというのは感心しません。是非こ
の筆者の体験談から教訓を読みとって、他山の石としていただければと思います。
次号ではドライブ周りのトラブルについてお話差し上げます。