盛夏を過ぎ嫌な台風シーズンがやって来ました。これからの季節、強風や高波には十分注意しなくてはなりません。ある意味ボーティングは命を賭けたスポーツです。自然を甘く見ることなく常に謙虚な気持ちで臨みましょう。今月号では不幸にして荒天に遭遇してしまった時のお話をお届けします。
荒天いろいろ
始めに「荒天に巻き込まれない秘訣は?」と聞かれれば、「荒天が予想されるときは出ない」ということが一番でしょう。レジャーとして海に出ている以上命懸けで荒海を乗り切ったって誰も誉めてはくれません。まずは出ない勇気、止める勇気を持って下さい。本当のファインプレーはファインプレーに見えないファインプレーだということを忘れずに。
さて、ではどの様な状態になったら荒天なのでしょうか?これは艇や人それぞれの経験や技量によって大きく違ってきます。台風が近づいた大荒れの海なら誰しも荒天と思うでしょうが、プレジャーボートの世界では、ごく一部の大型艇を除いて本船にはほんの漣の如く感じられる海況ですら荒天のうちに入ります。ですから出港の前には必ず天気予報を確認しどの様な海況が予想されるか知っておくことはとても大切です。ただしそこで表示される波高というのはあくまでも目安です。ボートにとって走りやすいか走りにくいかというのはこの波高の他に波長が大きく関係していて、例えば太平洋の大きなうねりだけのときは波長が長いため、たとえ波高が2m以上あったとしても普通に走れることがあります。もっともこんなときは僚艇とつるんで走っていても少し離れるとフライブリッジすら見えず、アウトリガーの先端しか見えないなんて事もあります。フライブリッジを持たない艇では文字通り周り中水の壁となって怖いような気はしますけれども・・・。逆に水深の浅い湾内や岸近くでは一旦風波が立った場合波長が短いためたとえ波高は1mでもとてもじゃないけど走っていられないなんて言うこともあります。この様に荒天の定義というのは波の高さや波長、風向きや風速、さらに走る場所によって大きく異なってきます。ですから自分が普段走る海域で、どの様な状態になったら自分にとっての荒天なのかということをよく知っておきましょう。
観天望気を忘れずに
さて荒天に遭わないためには天気予報も大事ですが、もう1つ観天望気も忘れてはなりません。この観天望気というのは船舶免許を取る時に習ったと思いますが、空や海の状況、風などを見て感じてその地域における気象の状況を判断することです。昔はふぐを食べるときに「天気予報天気予報天気予報」と3度唱えてから食べれば当たらないなどという戯言が言われました。もちろん現在の天気予報は当時とは比べ物にならないくらい飛躍的に進歩してかなり当たるようになってきていますが、それでも予報は予報。波風の影響を受け易い我々プレジャーボートではほんの僅かの違いで大いにその行動が左右される事があります。そのため常に天候の変化に敏感になり迅速に対応する必要があるのです。場合によってはそのときの判断で目的地等を変更する必要だってある場合もあります。
あるクリスマスの日、天気予報では午後からやや風が強くなる程度の予報の元、筆者がゆっくり食事でもしに行こうとクルージングに出たときのことです。朝海に出てみると鏡の様なべた凪でした。しかし目的地に向かう途中で空模様が悪くなって大分風が吹いてきました。海はまだ平穏そのものでしたが表面には小さな風波が立ち、嫌な予感がしたのでもうすぐ目的地というところで予定を変更して急遽引き返しマリーナ近くの港内に逃げ込みました。早々に食事を済ませ帰港の途に就いたときには予報は大外れのとんでもない風が吹いています。港内ですらフライブリッジまでばんばんスプレーを浴びるほどの大荒れになりホウホウの体で逃げ帰ってきました。もちろん当初の予定通り目的地までいっていたら間違いなく帰れなかったでしょう。ほっと胸をなでおろしました。
一方これはとある友人の話。天気予報はあまり良くなかったけれど朝マリーナに着いてみると海は平穏そのもの。勇んで釣りに出かけていきました。アンカーを下ろし釣りに夢中になってふと気が付くと辺り一面ウサギが飛んでいるではないですか!慌てて帰途に就いたときには強いブローが吹きすさんでいました。幾度か転覆の危険を感じた三角波の中、やっとの思いで帰り着いたときは膝はがくがく喉はからからで生きた心地がしなかったとの事。マリーナには当然のように出港停止の赤旗が翻っていたそうです。
この様に僅かな判断の分かれ目で天国と地獄が分かれることがあります。常に周りの状況に注意を払いましょう。
荒天準備
さて船乗りの言葉の中に「荒天準備」というものがあります。これは職業船乗りが避けられない荒天に遭遇することが分かったとき、荒天を乗り切るために船の防御体制を整えることを言います。積荷の固縛を再確認し揺れの中荷崩れを起こして危険な状態にならないようにしたり、ハッチや舷窓をしっかり密閉し水が打ち込まないようにしたり、暴露甲板の作業を安全にするためにライフラインを張ったりハーネス等を準備したり、機関の状況を点検したり、万一の場合に備えて救命器具の点検をしたり、当直体制を整えたりすることです。
プレジャーボートではあえて荒天に突っ込むということはないですが、それでも時として荒海に出会うということはあります。そんな際は船乗りの荒天準備を見習って十分な準備を行いましょう。ロープ類は踊りださないようにしっかりと結び、ハッチも堅く閉ざし、船内の荷物もしっかりと固縛しましょう。筆者も荒海を走ったとき固定が外れてテレビが落ちたり、フェンダーフォルダーに入れてあったフェンダーが揺れで見事に飛び出して落としてしまったことがあります。その瞬間信じられない面持ちで眺めながら改めて自然の力を感じていました。もちろんそんな状況で拾うこともままならず、むなしく見送ったのは言うまでもありません。
またとある友人の話。釣りの帰り荒れた海を必死に逃げ帰る途中、バウパルピットに吊るしてあるアンカーの固縛が甘く、叩かれるうちにアンカーを落としてしまい運悪くそのロープをスクリューに絡めてまさに死ぬ思いした友人がいました。こういった時はたとえ事前にアンカーの危険を見て取ったとしても、改めて固縛しにバウに行くなど到底できないこともままあります。ですから荒天が予想される場合は用心の上にも用心を重ね総ての物が所定の位置にしっかりと固縛されていることを確認しておきましょう。
艇と自分の限界を見極めよう
次に愛艇とそして自分の腕の限界を見極める事が大切です。危険を感じる海況というのは艇によっても大きく違いますし、操船するキャプテンの技量によっても大きく異なります。たとえ18feetの小型艇であってもベテランの腕に掛かれば荒海を乗り越えることもできるでしょう。しかし同じ海で40feetの大型艇でも操船者がビギナーであれば遭難してしまう危険すらあります。もちろん誰しもいきなりキャメルトロフィーに出場できるわけではありません。徐々に試していって自艇と自分の腕の限界を見極めるのです。しかし最初ってこの感覚はなかなか判らないと思います。いきなり試していたら命が幾つ有っても足りないし・・・。ですから段階を追ってどの程度まで大丈夫かを自分で体験していくしかないですね。もちろんその限界は乗っているクルーによっても違います。屈強なシーマンばかりだったら山超え谷超えも出来るでしょう。でも海に不慣れなゲストや小さな子供連れでその限界はずっと低いものにならざるを得ません。状況に応じた限界があるというのを良く覚えておいてくださいね。
さて一般的にいえば波の山とか谷でバウが波に刺さって水をすくうようになったらもうそれがその艇の限界と思って良いと思います。波を杓ってド?っと水がちぎれて飛んで来ると、エンクロージャーはおろかフロントガラスなども簡単に割れてしまいます。そんな時は早いとこ逃げ出すに限りますね。また同じ波でも正面から受けるのと横から受けるのではその耐えられる限度が全然違うのはご存知ですよね?
一番怖いのはブローチング
さてでは何が一番怖いかというとやはりブローチングでしょう。たしかに向かい波はドシンドシンと叩いて体は辛いですが、波に対して30度くらいの角度を保持していればそれほど怖くはありません。でも追い波は本当に怖いです。波に乗せられサーフィンしながらスピードがついてしまうと、波の谷でバウを突っ込んでしまいブレーキが掛かり、その瞬間波に押されてお尻を横に持っていかれググ?っと傾きながら横を向いてしまいます。その瞬間次の波をもらうと転覆・・・というのがよくあるパターンです。筆者も何度か持っていかれ危や転覆と冷やりとした経験があります。今思い出しても冷や汗が出ますね。
しかもこれは特に岸近くの浅場の方が怖いのです。山の陰で風裏にでもなるようなケースを除けばあまり近づかないほうが賢明でしょう。水深が浅くなると波長が短くなりしかも波頭が巻いてきますしボートでサーフィンするのはぞっとしません。沖合いからの波が岸にぶつかって返し波になり三角波を作ったり、定置網等の魚網も見難くなりますし。沖で荒れると心情的に岸に近づきたくなるんですが広いところを走りましょうね。
しかしいつまでも沖を走っているというわけにもいきません。母港に戻るためには岸に近づかなくてはならないのは自明です。こんな時相模川の河口や浜名湖の今切口など外洋からの波浪が直接打ち寄せ、しかも浅く狭い水路では入港するのが命懸け・・・というケースがあります。筆者のベテランの友人も沖を走るときは鼻歌混じりながら、河口に戻るときは居住まいを正してまじめに神に祈るって話を聞いたことがあります。こういうところでは無理をせず荒れてきたら早めに引き上げましょうね。
船酔い
船酔い。ボート遊びにはつき物ですがなかなか辛いものがあるようです。筆者は三半規管が退化しているみたいで乗り物に酔った事がないのですが、弱い人になると船と聞いただけで気持ち悪くなることもあるようです。「精神力で酔うなと!」と言っても無理なものは無理。酔ってしまうと楽しいはずのせっかくのクルージングも台無しです。酔ってからではなかなか挽回は難しいですから、あらかじめ酔い止め薬を飲んでもらったり、見晴らしの良い場所で風に当てたりしておくなどキャプテンも気を遣いましょう。酔わないためには月並みですが、消化の悪いものを食べない。空腹で乗らない。睡眠不足にならない。キャビンの奥深くに潜り込まない。特にトイレで突っ伏すのは最悪。とまあこんな感じですか?筆者は良く「酔う前に酔え」とビール飲ませますが・・・。と、これは冗談で。
また芳香剤等匂いのきついものは船酔いを誘発します。筆者も芳香剤のビンをキャビンに置いていたところ、時化でそのビンが倒れてしまい、ものすごい匂いが充満してその匂いを嗅いだとたん妻が船酔いしてしまい、「もう金輪際こんなものは置かないで!こんな匂いを嗅ぐくらいだったら油臭い方がまだマシよ!」と散々怒られました。皆さんも消臭剤は無臭性のものにするか何をしても倒れないように注意しましょうね。ブランデーなどの酒類のビンも割れると悲惨ですからご注意を。
さて、では思いもしなかった荒天に遭遇してしまったらどうしたらよいでしょうか?当然キャプテンは操船するのに必死というケースも出てくると思います。こんな時はかわいそうですが酔われてしまう方がいるかもしれません。でもこういうのは不可抗力ということで許してもらうしかありませんね。しかしそんな時でも2点だけ注意してください。汚い話で恐縮なんですが1つ目はキャビンの中で嘔吐されないように注意を払うという事です。筆者も一度キャビンの中で吐かれて匂いが充満し、他の方も一斉に酔ってしまい同じ様に・・・と大変な目に遭った事があります。この時は帰港してからの後始末が大変だった事は言うまでもありません。
2点目は吐かれる方が気を使って舷側に乗り出して落水しないように注意することです。気を使って乗り出してもらうのはうれしいのですが万一落水されたら大変です。荒海で落水者を救助するのが如何に大変なことであるか容易に想像できますよね?こういう方は力なく弱っているのが普通ですから艇の動揺により落水する危険は何倍にもなります。ですから酔っても決して身を乗り出して吐いてはいけないことをよく説明しておきましょう。
これら2つの対策のためにコックピットの安全なところにバケツでも用意して、してもらいましょう。そのくらいしか自衛手段はないですね。
船体の破壊
船体の破壊といってもこれはご愛嬌なんですが、荒れた海を叩かれ叩かれ走っていたらなんとキャビンのドアが開かなくなってしまった友人がいました。叩かれているうちにひとりでに鍵が掛かってしまったようなのです。不思議なこともあるものですね。お金やら何やらも中にあるしおまけにエンジンも切れないという状況でとても困りました。いろいろと手持ちの工具でやってみてもどうにもならないので、鍵の110番に電話して来てもらいましたが普通の鍵と違うので悪戦苦闘。短気な筆者はいつドアを蹴破ろうかとやきもきしていましたが、なんとか無事ピックで開けて貰ってめでたしめでたしでした。この時は叩かれ続けるうちに錠に無理が掛かって折れ曲がってしまったのが原因でした。
実はこの鍵が閉まってしまうというのは筆者も一度経験があって、以来必ずキーをポケットに入れるようにしています。是非読者の皆さんも注意してください。筆者のときは勢い良く閉まった弾みでロックのラッチが閉まってしまったのが原因でした。
その他に風速20m波高3mの大荒れの中、大波を越えるたびにハルは軋み、幾度もサイドハッチの留め金が飛ぶという経験をした事があります。これなどきっとハルが歪んで留め金が飛んでしまっていたんでしょうね。またバウに水をしゃくり上げてフロントガラスを割ってしまったり、船底の竜骨を折ってしまったりした艇がありました。その他にも船底が割れて浸水したり、作り付けのギャレーが踊ったり、トイレのドアが開かなくなったりした艇もありました。荒れた海を行くのは人間だけでなく艇にも相当の負担が掛かるんですね。
もし海難を起こしたら
こんな事は考えたくないのですが万一海難事故を起こしてしまったときはどうしたらよいでしょうか?もちろん最大限優先するのは人命の確保です。どんなに高価な艇であったとしてもそれはまた買う事が出来ます。しかし失われてしまった人命は取り戻すことは出来ません。ですから船長は皆の安全を守ることが最大の義務であることを忘れてはならないのです。人命というその言葉の重みを心に刻み込んでいればきっとボートライフも楽しいものになると思います。また何か事故が発生しても船長のその対応如何でハッピーエンドにも悲劇のニュースにもなり得ます。
さて万一海難を起こしてしまったら、当面の身の安全を確保した後速やかに連絡をして救助を求めてください。海の救急は118番と覚えていますよね。連絡するときは船名や遭難した場所、人数、連絡先、またどの様な状況に陥っているかなど落ち着いて伝えましょう。そして陸と違って数分のうちに救助が来ることはあり得ないので、救助が来るまであらゆる手段を講じて身を守るということを忘れないで下さい。よく「もう駄目だと思ったら終わり」と言いますよね。最後まで諦めず頑張りましょう。
筆者も今まで何回か恐い思いをした事があります。万一今エンジンにトラブルでも起こったら間違いなく遭難するな・・・と思ったこともあります。これからも無理をせずに安全なボートライフを送っていきたいと思っています。
以上荒天時の注意点とトラブルについて述べてきました。本当は荒れた海に出ないのが一番です。せっかくの休日海に出たい気持ちは分かりますが、セーフティーファーストをモットーに止める勇気大切にしてくださいね。私は船長は臆病で結構、用心深くて結構だと思っています。普段はこうでイザというとき敢然と立ち向かうことができれば満点かと。ってちょっと格好をつけすぎましたね。
次号ではちょっと趣向を変えて実際に筆者が遭遇した荒天航行の体験談をお話差し上げます。