もうすぐ嫌な梅雨がやってきます。筆者も雨が降る前にと毎週のようにクルージングに出ています。さて早いものでこの連載も1年が経ちました。少しでも皆さんのお役に立てておりますでしょうか?
今月は引き続きスクリューのトラブルのお話しです。前回はゴミなどの外的要因によるトラブルについてお話しましたが、今月はスクリューのハブ周りのトラブルについてお届けします。
ハブのスリップって?
前回船外機や船内外機のスクリューにはシャーピンを使っている極一部のスクリュー以外ハブにゴムが圧入されていると書きましたが、ハブのスリップというのはこのゴムのブッシュが滑ってしまうという現象です。このゴムのハブはシフト時のショックや万一の座礁や流木などとの衝突のショックから、高価なドライブ内部のギアなどを保護するために設けられています。ところが時としてこのブッシュが滑ってしまうことがあるのです。
スクリューのハブがスリップするとアイドリングプラス程度まではなんとか進むのですがもっと加速してプレーニングしようとするとブゥ?ンといって空回りしてしまいます。
普段使っている分には別段大丈夫なのですが、長年使い古したり浅瀬で擦ったりした後などで時々発生します。ここでは筆者の身の回りで起きた例をお話しましょう。
その瞬間飛び上がるほどビックリ
初夏の頃、熱い日ざしと凪に誘われてちょっとクルージングに出た帰り、私が操船を友人に任せてキャビンで子供たちとのんびりお菓子を食べていたときのことです。海蛍を過ぎて浦安へ向けたとき、快適な巡航中に突然「ウォ???ン」という物凄いエンジンの唸りがして飛び上がりました。タコメーターを見ると既に5000回転を超えて上がり続けている・・・FBではまだスロットルを絞らない・・・このままではバルブが飛んでしまう・・・と脱兎の如くロアステーションのスロットルレバーに飛びつきました。心臓のときめきを抑えながらFBで操船している友人に声をかけると、「何にもしていないんだ。あまりの事に凍り付いてしまった・・・」との事。私は最初間違えてクラッチでも抜いたのかと思いましたがそうではなさそう。確かにクラッチは繋がったままですし、抜いたり入れたりするとちゃんと手応えがあります。前に一度同じ型の艇がドライブシャフトの折損で立ち往生したことがあるので一瞬ドキッとしましたが、今回は一応プロペラは回っているようです。まずは一安心して次にエンジンを止めてドライブを一杯に上げて、スクリューにゴミなどが巻き付いていないかをチェックしました。東京湾奥では時々ゴミが絡みつくことがあるからです。でもこのときは何もありませんでした。各ブレードも奇麗なもので曲がったり欠けたりしている様子もありません。そこで改めてエンジンを掛けてクラッチを繋いでみると確かにアイドリング程度のスピードでは水を掻いて進んでくれます。ではとスロットルを開けて加速しようとするとやはり先程と同じようにエンジンだけが「ウォ?ン」と唸るだけでちっとも前に進みません。「あ?これが噂に聞くペラのスリップか」と納得がいきました。
この時は日差しがあって暖かく海はべた凪。まだ日も高く食料も一杯。浦安までもそうたいした距離ではなかったため別段危険を感じる事もなく「のんびり行こうか」ということでアイドリングで帰港することにしました。でもその速力は僅かに4?5knot。「トローラーに乗っていればいつもこんな具合なのかなぁ?」とのんきな事を言いながら、それでもマリーナにたどり着くまでは3時間程掛かりました。
もちろん臆病者の筆者としては予備のスクリューとかナット、もちろん工具類もすべて積み込んでいましたが、以前水中に潜っての交換練習をした経験から、いくら凪とはいえ洋上の開けた海域での水中作業はかなり困難である事がわかっていました。これが沖合い10マイル・・・というケースであればまた違ったかもしれませんが、今回はそんな悪戦苦闘までして交換しなくても良いだろうという判断したのです。
帰港後上架してスクリューを外してみるとやはりゴムのハブがグズグズになって滑っていたのは歴然。このスクリューは買った時から付いていたもので、「あ?寿命かぁ?」と思ったものです。羽などは何ともないのですがブッシュが滑ってはお手上げです。昔はこのブッシュを交換してくれる業者もありましたが、結局すぐ滑ってしまうようでクレームが多くて止めてしまったそうです。このため泣く泣く新しいものと交換です。もちろん早速また予備のスクリューを注文しのは言うまでもありません。
これが筆者が初め体験したハブのスリップでした。しかしこの話にはまだ続きがあるのです。
悲惨な体験
その翌週は潮干狩り日和という事で、羽田空港脇の多摩川でたっぷりと潮干狩りを楽しみました。アンカーを上げて帰途に就くとき、「どうせだったら一度多摩川を探索しておこう」と言うことで多摩川を遡行し始めた時のこと。元々羽田で水に親しんでいた筆者は、多摩川の水路は知っていたので相棒に操船を任せ、バウデッキでビール片手に水先案内人よろしく進路を指示していました。途中右に90度クランク折れしなくてはならないところがあるので「その杭の手前を右に90度クランク折れね」と言って伝えた後、潮干狩りに渇いた喉をビールで潤していました。ところが90度クランク折れしなくてはならないところがちょっとショートカットして鈍角に曲がったらものの見事に砂洲に乗り上げてしまったのです。「あいやしまった」と思いましたが後の祭り。しっかりペラを磨いてしまいました。この時は夏でしたので即座に2?3人飛び込んで押してすぐ離礁しましたが、多摩川探索は諦めてホウホウの呈で逃げ帰りました。帰港して見てみるとかなり海底を掻いたらしく、新品のスクリューが塗料が剥げてピカピカになってしまっているのです。「恥ずかしぃ?」と思いながらもとりあえず走るには問題はありませんし、ブレードも特に欠けた所などもなかったためそのまま使うことにしました。
そしてその翌週は待ちに待った夏休み。今日はあちら明日は向こうと3?4日連続で出ていました。そして運命の日がやってきたのです。その日筆者はさすがにもう遊び疲れてしまって、相棒たちに「行ってらっしゃーい」と桟橋から手を振って見送ったのでした。「さて皆はどうしているかしら?」と思いつつ夕食を食べていると相棒よりの電話。なんでも川崎沖で動けなくなって立ち往生しているとの事。彼の言によるとクラッチ周りのトラブルらしい。とても現場で復旧できる見込みはないのでレスキューしてほしいとの事。でももう辺りはすっかり暗く、かなり風や波もあるので自力でのレスキューは出来そうもありません。ということでその日はBANに曳かれてレインボーブリッジの下に連れて行ってもらいました。翌日マリーナのレスキュー艇を借りて助けに行ってみると大きなタグボートの間にぽつねんと愛艇が浮かんでいます。早速エンジンをチェックするとエンジンは何ともない。では問題だといわれたクラッチを入れてみると「ドン」っといつもの様な手応えがあり前へ進むではありませんか。瞬間的に「またペラのスリップか」と思い、またアイドリングでゆっくり帰ってきました。相棒はスリップさせた経験がなく、海が荒れていたため「ウォ?ン」と空回りするばかりで進んでいない様に思って避泊したというのは無理ありません。でもこれで一度体験しましたからもう次回は大丈夫でしょう。これなど経験の尊さですね。
上架してみてみると案の定ハブのスリップでした。僅か一週間前に交換したばかりでしたが、浅瀬で着底しスクリューで泥を掻き回したので無理が掛かったのでしょう。この日以前も3回ほど出港していましたが海が静かで軽荷だったのでたまたま大丈夫だったということですね。逆にいえば加減速を繰り返す荒れた海では滑りやすいということでしょうか。ともかく相棒は辛い思いをしながらも貴重な体験をしたわけです。
その他にも川沿いをクルージングしていて僚船が座礁し、船外機をチルトアップしてアスターンを掛けてヘドロを掻き上げながら脱出したときに、帰路にいきなり滑り出しの症状が現れたことも有りました。やはり一度でも無理をしたスクリューは要注意ですね。
もし荒れているときに滑ったら?
もう一つハブのスリップの実例をご紹介しましょう。筆者の友人が23feetの船外機艇で南の強風が吹き荒れる東京湾をホウホウの呈で逃げ帰ってきたときのことです。小刻みなスロットル操作で目の前の波をひと波ひと波超えていき、やっとの思いで安全な水路まで逃げ込んでほっと一息していました。ひと心地ついたところで運河沿いに帰港しようと加速すると「ブゥ?ン」とスクリューが滑るではないですか!幸い波風のない運河内に逃げ込んだ後だったので大過なく帰港できましたが、逃げ込む前のあの荒れたところで起きていたらと思うと実に「ぞ?」っとしたそうです。無理もありません。荒れた中アイドリング程度のスピードで保針して逃げ帰るなんて想像したくないですもの。トーイングをよくやる筆者の友人も、買って一年にもならないステンペラが滑ってしまったこともありますし、やはり加減速を繰り返すようなことはスクリューにも負担がかかるようですね。
船底などの汚れにも要注意
もうひとつ、これは係留をなさっている方だけなのですが、船底がフジツボなどで汚れてスピードが出ない・・・というのを良く経験なさるかと思います。これもただスピードが出ないだけでしたらご愛嬌なのですが、エンジンにも負担が掛かりますし燃料も余計に食います。そして何よりスクリューがスリップする原因になるのです。ハルの抵抗が大きいのに無理に加速しようとエンジンがもがけば、それだけスクリューも苦しんでいるからです。係留保管なさっている方は船底の汚れに注意なさってください。
また同じ様に他艇を曳航するときも同じです。プレジャーボートは元々そういう重荷重に耐えるようには作られていません。スピードが出ないのでついついスロットルを開けてしまい勝ち。でもそうすると負荷が重いのに回転が上がらず燃料過剰でオーバーヒートしやすくなりますし、その負担はすべてスクリューに掛かってきますので危険です。曳航している時の様な排水状態では少々エンジンを吹かしてみたところでスピードはたいして違いませんので、焦らず落ち着いて艇に無理を掛けずに走りましょうね。
もし滑ってしまったら
慌てず騒がず落ちついて
もしスクリューのハブがスリップしたのがわかったら決して回転を上げてはいけません。どんどんひどくなってすぐに動けなくなってしまいます。必ずアイドリングでだましだまし帰港してください。海が荒れていてとてもじゃないけど走れない様な時でも、少なくとも船首を波に立てて他の救助手段を段取りするくらいの時間は稼げます。落ち着いて行動してください。
逆にいうと一度でも着底させ泥を掻いたスクリューは荒れた外洋を走るにはちょっと心もとない気がします。特に一機掛けの方はそれが滑ってしまったら即困りますので、常に「今トラブルが起こったら」を考えて行動しましょうね。
最近ではマーキュリーなどからハブが交換できるタイプの新型スクリューが発売され、かなりこういう面では改善されたのではないでしょうか。
タイヤ交換とはわけが違う
よくスクリューは自動車のタイヤに喩えられ、車と同じ様にスペアを積んでおけと言われます。ところが実際に海の上でスクリューを交換するのは至難の業なのです。船外機ならまだしも船内外機ではドライブを一杯に上げてもスクリューは水中にあるのが普通です。ですから洋上で交換するということはすなわち水に入って作業することになります。夏場でしたらともかくとして、それ以外の季節ではおいそれと出来るものではありません。またよしんば潜れたとしても事前に十分な練習をしていないとまず無理でしょう。少なくとも陸上でスイスイと交換できるようになって、しかも一度水中で実戦練習をしておかないととても出来たものではないと思います。しかももしこういう練習をやっていたとしても、揺れる港外でやるのは無理でしょう。筆者も実際に潜って交換したことがありますがかなりの困難があります。さらにナットやスペーサー、タブワッシャー、工具などを海に取り落としたらその時点でアウトです。ですから工具には必ず尻手紐つけて万一の取り落としに対処しましょう。また予備ペラとともにスペーサーやタブワッシャ、ナット類もぜひ予備を用意しておくべきです。そうですね。交換に要する時間は足場の良い陸上でやるときの3倍というところでしょうか?陸上で10分で交換できる人なら30分と言う所でしょう。逆に一度もやったことのない人にいきなりやれといってもやはりそれは無理だと思います。
船外機にお乗りの方でも一杯に上げた状態ではかなり離れてしまいますので、スイムプラットフォームがないとちょっとやり様がありません。たとえあったとしてもかなり無理な体勢になりますので落水などには十分注意しないといけません。
筆者の友人も三崎沖のパヤオで潮目を流していたら突然付けていた樹脂製ペラの羽が根元から折れてしまったことがあります。まあこれは樹脂製ペラがことさら悪いということではなくて、直前に浅瀬で泥掻きしてしまったのが原因のようですが、それにしても一枚丸ごと折れてしまったというのは樹脂製の怖さですね。このときは凪でしたが沖合いのうねりの中、小さなスイムプラットフォームから身を乗り出しての交換作業となりとても大変だったということです。もしこの時予備のスクリューがなければ救助を求めることになりましたから、そういう意味ではやはり予備を持っていたありがたさですね。
日頃のメンテナンスを怠ると
いざというときに困ります
さらにスクリュー交換の落とし穴をひとつ。スクリューはプロペラシャフトに取り付ける時にアンチコロージョングリースでだっぷりグリスアップするのですが、このグリスアップを定期的に行わないとスクリューがシャフトに食ってしまってどうにもこうにも外れなくなってしまいます。少なくとも半年に一度は外してグリスアップしたいもの。
このグリスアップを怠りシャフトに噛み付いてしまったらもうスクリューを切り刻んで、それを剥ぎ取るという荒技に出なくてはなりません。当然洋上でなどで出来る筈もなく救助を求めることになります。係留をなさっていて頻繁にペラの手入れをできない方は要注意です。特にデュオプロは食い易いですから気をつけてくださいね。
また付けるグリスは専用の耐水グリスを使ってください。知人で機械用のモリブデングリスを使って組み付けた人がいますが、かえってモリブデンが析出してしまってどうにもこうにも抜けなくなってしまいました。くれぐれも注意しください。
以上3回に渡ってスクリューに関するトラブルをお届けしました。書いているうちに「ああこれもあった、そうそうああいう事もあったと」どんどん長くなって2回に分けてお届けすることになってしまいました。スクリューはボートの要とも言える部分です。ぜひ注意を払ってあげてください。
次回は海の上での怪我や病気についてお話し差し上げます。