東京では桜の花が咲きほこりいよいよボートシーズン到来ですね。今頃今シーズンはどこへクルージングに行こうかと思いを馳せながらボートの手入れをなさっている方も多いかと思います。さて今日はボートになくてはならないもの、そう、スクリューについてお届けします。
小さな力持ちスクリューの生い立ち
ペラ、スクリュー、プロペラ、螺旋、暗車と色々な呼び方がありますが、その目的はエンジンで発生した力を水に伝え推進力を発生するもの、車でいわばタイヤに相当する部分です。このスクリューとは元々螺旋と言う意味。つまりネジですね。水の中をネジを切るように切り進んでいくところから名付けられました。初期のスクリューは今よりずっと本物のネジに似ていたのです。その後流体力学的に洗練され徐々に現在の形になってきました。
さて、ではこのスクリューは動力船の登場とともに生まれたのでしょうか?答えはNoです。初期の動力船は外輪船と言って船体の両側や後部に、大きな水車状のパドル備えていました。これは人力でオ?ルや櫂を漕いでいたところから発展したものです。初めてスクリューが発明された時、人々はあんなに小さいもので大きな船が動くとは信じられませんでした。そこで同じ馬力・大きさの外輪船とスクリュー船で綱引きをさせる実験をして、スクリュー船が圧勝し、急速に普及したというのは有名な逸話です。我々はその先人の発明の恩恵に浴しているわけですね。もしスクリューが登場していなかったら・・・外輪をブン回しているモーターボートなんてちょっと想像すると可笑しいですね。
さて大分話しが脱線してしまいました。そろそろ本題に入りましょう。先程とても小さいスクリュー・・・という事を言いましたが、水の密度は空気の800倍。小さくとも十分その役を果たすのです。しかし小さいからと言ってばかにしてはいけません。たとえなりは小さくともスクリューは最新テクノロジーの結晶なのです。山椒は小粒でぴりりと辛い。そんな縁の下の力持ちスクリューについて、今月から2回に分けてその構造と機能、そしてフィールドで起こる様々なトラブル事例をご紹介したいと思います。
スクリューの身体検査
まず今月はスクリューがどの様な構造をしているか見てみましょう。今更改めて聞くまでもないかもしれませんが復習の意味もかねてお読みになってください。後ほど述べるスクリューにまつわるいろいろなトラブルを理解するときも、このスクリューの構造や理論を知っているととても役に立つからです。
最初にスクリューの基本的な呼び方をみてみましょう。 スクリューは大きくブレード(翼)とハブに大別されます。翼は扇風機の羽のように実際に水をかいてスラストを発生する部分、ハブはその中心にあり、シャフトに取り付けられる部分です。このハブの中にはゴムのブッシュが圧入されてありシフト時のショックや水中の障害物との衝突の衝撃を吸収してくれます。一方後述するように時としてこのブッシュがスリップして立ち往生する事もあります。またハブの中心は空洞になっていて排気ガスが水中に排出されます。これをジェット排気とかスルーハブ排気と呼びます。
一方翼をみると回転方向の水に切り込んでいく前縁をリーディングエッジ、反対側をトレーリングエッジといいます。ハイパフォーマンスプロペラの多くにはこのトレーリングエッジにはカップと呼ばれる、水を捉えやすくするための小さな曲面加工がされています。
スクリューの基本的数値項目
次にスクリューの基本的な数値項目についてみてみましょう。まず思いつくのはピッチとダイヤです。どちらも通常はinchで表現されています。(国産では時々mmで表現しているものもありますがどうもピンと来ません。筆者はいちいちinchに換算して考えています。笑。) ダイヤはスクリューの直径の事で、プロペラの先端が描く円の直径が何inchあるかというのを現しています。ペラの型は相似形ですからダイヤが大きくなるとペラの翼面積が大きくなり、より多くの水を掻くことが出来ます。でも船外機やドライブの種類、エンジントルクなどによって何inchまでのペラを使えるか指定がありますし、ペラの方も規格で決っていますから、ダイヤに関してはあまり選択の余地はありません。さらに不必要にダイヤを大きくするとプロペラの効率を著しく悪くすることになります。大き過ぎるプロペラはそれを回すことだけでエンジンのパワーが使われてしまうからです。
一方ピッチはペラのブレード(翼)の角度の事を言います。正確にはペラが一回転する間にペラが何inch進むかということを現しています。これなどは大きな豆腐の中で1回転させたところを想像すると分かりやすいですね。当然ピッチが大きいほど一回転辺りに進む距離は大きくなります。ではピッチを大きくすればスピードが上がりそうですが、実際は後述するようにエンジンパワーとの兼ね合いで回しきれないという状況が発生します。また大き過ぎるピッチでは後述する翼の迎え角が大きくなり、ひどいキャビテーションを起こしたりします。ですからピッチの方も艇の大きさや重さ、エンジンパワーやスピードレンジ等によって自ら適合サイズが決っています。
さらにもうひとつピッチには固定ピッチとプログレッシブピッチという違いがあります。固定ピッチは従来よりあったリーディングエッジからトレーリングエッジまで羽の角度が一定のもの、プログレスピッチはリーディングエッジでは浅く、トレーリングエッジに近づくにつれて羽の角度が増加していく高性能なものです。
この他のファクターとして翼枚数があります。通常は3翅か4翅になると思いますが最近はハイファイブの様な5翅のペラもあります。羽の効率的には1枚が一番良いのですが振動が多くてとても使っていられません。ですので実用上最低の羽数は2枚ということになります。羽数が3枚から4枚と多くなるにしたがって効率が下がっていきますが、同時に振動も少なくなっていきます。何枚が良いかは難しい問題ですがこうした振動や寸法、コスト、翼面荷重、ボートの用途等との兼ね合いで、私たちが選択する範囲のペラはほとんどが3翅で極希に4翅になります。
もうひとつプロペラで覚えておいて頂きたい項目にレーキというものがあります。このレーキはプロペラハブに対する翼の取り付け角度の事を言います。原理は違いますが感覚的には飛行機の後退角・・・と思っていただければ良いかと思います。このレーキを大きくすると後述するベンチレーションやキャビテーションに対する耐性が高まり性能が向上することがあります。
材質も色々
次は材質です。一般的に中小型のモーターボートで使われているスクリューの材質は、アルミ、ステンレス、樹脂等です。その中でも最もよく使われているアルミは比較的コストが安く、その割に強度と耐食性に優れ加工や修理が容易です。これらの利点のため船外機やスターンドライブ用として最も一般的に使われています。
その次に使われているのはステンレスでしょう。ステンレスの最大の特徴はその強度の高さにあり、繊細な加工でキャビテーションに対する耐性が高く、肉厚を薄くして高性能なスクリューに仕上げることが可能です。また比強度が高いためその性能を長期間に渡って維持できるというのもメリットです。ただ係留艇ではドライブを電蝕する可能性があるのでちょっと注意が必要ですね。また注意しておいて欲しいのですが、よく「ステンペラに変えたらボートの性能が上がるの?」と聞かれることがありますが、これはある面では正しくまたある面では正しくありません。もちろんある条件の時はステンペラに変えることによって劇的にその性能が向上することがありますが、それ以外の普通の場合はたいした違いはありませんので闇雲にステンペラを盲信する必要はありません。詳しくはまた次号で触れたいと思います。
最後の樹脂のスクリューは電動スラスターや比較的低馬力の船外機用として使われていますが、軽量安価で電気的および化学的に不活性で、それ自身もまたドライブなども腐食しません。最近は中型の船外機にも使える樹脂製ペラも出てきました。
スクリューのマッチングって?
では次にスクリューのマッチングについてみてみましょう。車と違ってボートの場合ローセカンドサードの様な変速機構がありませんから常に一定のギア比でスクリューを回しています。言い換えるとスクリューのピッチが最終的なギア比を決めているようなものなのです。そうすると低速から高速まで一つのギア比で満足させなくてはならないので色々と頭を悩ますのです。これがスクリューのマッチングです。
ペラの合わせ方は一番多用する積載状態においてスロットル全開時に規定最高回転数チョイ下辺りまで回るようなペラを選ぶのが基本です。例えば定員10人だけど6人で、燃料2/3、遊び道具そこそこ・・・という状態です。
メーカーなどは大体この程度の事を想定してマッチングをとっています。ですから最近のパッケージボートなどでは「一応」マッチさせて出荷していますのでそんなに「外れ」のペラということはありません。まぁそれでも時々とんでもないのがありますが。笑。
でも付けたプロペラが艇にマッチせず、スピードが出なかったりエンジンを壊してしまったりする事だってありますので油断は禁物です。昔はボートがパッケージではなくてハルとエンジンを別々に買ってプロペラも自分でチョイスするのが普通でした。このためペラ選びにはなかなか苦労したのです。このペラ合わせがショップのノウハウだったこともありました。まぁ今は昔の物語ですが。
この状態で合わせたペラでは、定員一杯10人、燃料満タン、荷物も山ほどという状態では規定最高回転数まで回りません (オーバープロップと呼びます) 。逆に1人しか乗らないで燃料もチョット・・・という状態では規定最高回転数を超えて回ろうとします(アンダープロップと呼びます)。この場合はオーバーランさせるとエンジンに良くないので、スロットルを絞って回転数をセーブしなくてはなりません。この様に一つのペラで全ての運転状態を満足することは不可能なのです。言ってみれば最大公約数を取るということですか。
更に難しいのは、ボートは停止状態から滑走状態に移るまでの間ハンプがあり、このハンプでは抵抗が大きいため、その抵抗に打ち勝つパワーが必要になります。ここでエンジンの回転数はピッチが大きいほど低くなりエンジンの発生するパワーも小さくなりますから、このハンプ越えに時間が掛かったり、ひどい場合はハンプを超えられなかったりなんて場合もあります。そうなると実用上大問題ですから、最高速度を犠牲にしてでもピッチを下げて、エンジンに余裕を持たせてハンプを超えさせてあげるというような対処が必要になります。これなどは低回転でトルクの細い船外機で、荒れた海を低速でひと波ひと波超えていくときに体感しやすいかもしれません。
当然の事ながらピッチを下げると同じスピードでの回転数と加速性は上がります。同じシリーズで1ピッチ(2inchおきです)違えるとおおよそ300?500回転変わります。プロペラには様々なファクターがあるので同じピッチとダイヤでもメーカーが異なったりシリーズが異なったりしたものを付けた時、どのくらい回転数とかフィーリングが変わるかというのはなかなか予想がつきません。こういうのは今でも経験則なんですね。
まあ現在付いているペラで、前述の使い方で規定最高回転数付近まで回って加速性も問題が無いのであれば敢えてペラを換える必要は無いと思います。加速が悪すぎる、キャビってしまってどうしようもない、WBするのにもっときびきびした動きをしたい、全開で最高回転まで上がらない・・・なんて現象にお悩みになって初めて「ペラを換えてみようかな?」ということになります。
ペラ探しって悩み始めると結構泥沼にはまりますから、あまり必然性を感じていないのなら敢えて飛び込むこともないかと思いますよ。よくペラ合わせに悩んでいろいろと換えた挙句に家の中にプロペラがごろごろしているなんて人もいます。これなども立派なトラブルですよね。かく言う筆者もそんな一人です。
キャビテーションとベンチレーションはどう違う?
スクリューに関してもうひとつだけどうしても覚えておいて頂きたいことがあります。それはキャビテーションとベンチレーションです。ボートに乗っていれば一度くらい聞いたことがあると思いますが、このキャビテーションというのはプロペラの低圧面の水圧が下がり常温で水が沸騰し気泡が発生し、それがまた高圧下で水に戻る現象のことを言います。この気泡がつぶれる時にプロペラ表面を侵食するのと同時に本来スラストに変わるべきエネルギーが奪われるので推進力が落ちます。一方ベンチレーションはエアドローイングとも呼ばれ、プロペラの回転に伴って水面から空気を引き込みプロペラが空転してしまう現象を言います。このキャビテーションとベンチレーションとは根本的に違うものですから混同してはいけません。余談ですが船外機やドライブのロアユニットに付いているヒレのようなプレートの事をよくアンチキャビテーションとかアンチキャビテーションプレート、ひどい人になるとキャビテーションプレートなどと呼んだりしますが、これは正しくありません。正確にはアンチベンチレーションプレートといいます。水面からのベンチレーションを防ぐための造作なんです。なんでキャビテーションプレートなんていうようになったのでしょうかね?
話はそれましたがこのキャビテーションやベンチレーションを起こすとどちらもスラストが一気に失われ、著しく効率が落ちますのでできる限り避けたい現象です。キャビテーションを防ぐにはリーディングエッジの鋭さがポイントになってきますので、アルミペラのような四角に切り落としたような断面はどうしてもキャビテーションを誘発しやすくなります。ステンペラではこのリーディングエッジが鋭く仕上げされていますので気泡が発生しにくくキャビテーションが少なくなります。またトレーリングエッジに「カップ」が付いているとプロペラに沿って流れてきた水を最後の最後に「掴んで」蹴り出すので、キャビテーションやベンチレーション耐性が高まります。またレーキを強くしても同様の効果があります。ですからキャビテーションやベンチレーションに悩んでいる場合は、ハイレーキ、カップ付きのステンペラに変えると症状が改善される事が多いのです。筆者の友人にもエンジンがハイマウントされていたため、しつこいキャビテーションとベンチレーションに悩んでいたのがハイレーキのステンペラで見違えるように改善した例があります。もっとも彼の場合は喜んでいたのもつかの間、すぐハブがスリップしてしまって今では玄関のオブジェと化しているのですが・・・。
なおステン、アルミとも浅瀬等でペラを擦って、リーディングエッジがへこんだり欠けたりするとぐっと効率が落ちますので注意してくださいね。
プロペラのスリップって?
スリップと言ってもハブのスリップとは別物です。ハブのスリップについては次号で詳しくお話します。ここで言うスリップとはプロペラのピッチに対する実際にボートが進んだ距離との差のことを言います。今仮にプロペラピッチが19inchだった時、実際に進んだ距離が16inchだったらこの差3inchがスリップとなります。約15%ですね。ペラがマッチしていれば大抵この程度の数値になります。このスリップというのは飛行機の翼で言うところの迎え角(Angle
of Attack)と呼ばれているもので揚力を発生するためにはなくてはならないものです。ここではスクリューの羽根は飛行機の翼と同じであり、必ずスリップがあるという事だけ心に留めておいてください。(このスリップは効率とは全く関連しないものですので注意してください)
以上スクリューの基本的な事柄を述べてきました。ちょっと理論的なことばかりで頭が痛かったかとは思いますが、これらの事が理解できればスクリューがぐっと身近に感じられるようになったと思います。ペラはボートの要とも言える部分です。是非注意を払ってあげてください。
次号では具体的なプロペラ周りのトラブルについてお話し差し上げます。