有数の船舶輻輳海域の東京湾でボートライフを送っている私にとって、GPSはなくては
ならない頼もしい相棒です。東京湾は航路だけでも13箇所。浮標や立標はいったい幾つあ
るのでしょうか?500?いや1000を超えるかもしれません。本船がひっきりなしに行き交
うそんな輻輳海域では自分の位置、そして進むべくコースを知ることはとても大切な事で
す。そんな時GPSがあれば誰でも簡単に分かります。少し前までは何世紀にも渡り船乗り
の夢だったのですが、現在ではスイッチを入れるだけでOKですので本当に時代の進歩を
感じさせます。今日はそんな便利なGPSを使って旧江戸川のホームポートから東京湾口の
浦賀に位置する素敵なマリーナヴェラシスまでクルージングをしてみました。
まずGPSを使うといっても海には道路というものがないため、カーナビとは違ってど
ういうコースを取るかはキャプテン自らが設定をしなくてはなりません。GPSがあるから
といって目的地に自動的にたどり着けるわけではないのですね。ですから実際にクルージ
ングに出る前に、海図を調べたり入港案内を調べたりしなくてはならないのはGPSがあろ
うがなかろうが変わりません。今回のクルージングに際して私が設定したコースは左図に
あるようなものでした。
さてコースが決まったら次にGPSにそのコースを入力します。GPSに設定する変針点
をウエイポイントと呼び、ルート上の区間々々の目標点とし利用します。そして針路線を
このウエイポイントに合わせていけば予定コースをトレースすることができるというもの
です。このポイント設定はとても簡単ですのでエンジンを暖機している間に出来てしまい
ます。
さあコースの設定も終え、暖機も完了して出発です。今日は午後から天気が崩れてくる
という予報でしたがどうなりますでしょうか?でもほんと出航するときはいつもワクワク
しますよね。ホームポートからしばらくは係留している船が多いためはやる心を抑えて徐
行々々と。
旧江戸川を下りきるとそこには葛西臨海公園前に広がる三枚州という広大な浅瀬が待
っています。東京湾乗り揚げ事故No1のこの浅瀬は、遥か沖合にまで広がっており知らな
いとうっかり入り込んでしまう事があります。特に江戸川側の可航幅は最狭部で100mな
い場所もありますので慣れていても要注意です。私はこの三枚州に誤って近づかないよう
にGPSの作図機能を使って枠線を書き込みすぐ分かるようにしています。こうしておけば
航行中他に気を奪われていてもうっかり近づく事はありません。
いよいよ三枚州の狭水道を抜けて開けた浦安沖に出てきました。天候も晴れ、波も穏や
かでエンジンも快調。今日は楽しいクルージングが出来そうです。
まず最初のウエイポイントを目指して針路を合わせます。別に難しい事はありません。
単にGPSの示す針路線を合わせるだけで広い海の中のある点にピタリと着ける事が出来る
のです。GPSがなければちょっと考えられませんね。最初のウエイポイントは東京湾を横
断するアクアラインの給気塔である風の塔脇の西航路の真ん中です。もちろん風の塔など
顕著な物標にはGPSのマーキング機能を使って位置を書き込んでいるのはいうまでもあり
ません。
浦安沖から風の塔を目指していくと右手に東京港のシンボル東京灯標と、検疫錨地に停
泊する本船が見えてきました。こういった本船の泊地のような航行上障害がある水域は避
けてコース設定することが望ましいですね。やむを得ず通過する場合や行会い船があり避
航しなくてはならない時のために、たとえGPSを使って航行しているときも見張りは疎か
にすることが出来ません。特に東京湾のような船舶の輻輳海域では自分のコースに固執す
ることなく臨機応変にしましょう。
艇は順調に走りつづけ頻繁に飛行機が離発着する羽田ビックバードの脇を抜けていき
ます。飛行機好きでもある私にとって間近に見る飛行機もクルージングの楽しみのひとつ。
やがて風の塔に到達し次のウエイポイントに向かって変針です。今日は浦賀水道の千葉県
側を南下しますので第1海堡に針路を採ります。しかしその途中には中の瀬航路が控えて
いますので、航路への侵入、逆行等には十分注意はしなくてはなりません。そのため安全
という観点から、中の瀬航路出口を十分に離したところにウエイポイントを設定し、万が
一にも航路に入り込まないように注意します。
程なく中の瀬航路脇のウエイポイントに近づいてきました。近づくにつれて周り中ブイ
だらけ、というほどあちらこちらにブイが見えます。海図を見てみると半径2マイルほど
の中にいったい幾つブイがあるでしょう?20個近くはあるに違いありません。視界が良い
時はまだしも、霧や雨で見通しが悪かったり夜間であったりした場合はどれがどの航路の
ブイだと簡単に言えるでしょうか?もしGPSがなかったら私にも自信がありません。航路
の逆行違反などで検挙されるボートも、いったい自分が何処にいるのか分からずに走って
いて知らないうちに航路に入り込んでしまうというケースがかなり多いようです。でも
GPSのおかげで航路を心配せず走れるというのは気分的にとても楽です。ここから第1海
堡までは特に障害となるようなものもなく鼻歌交じりでクルージングを楽しみました。
いよいよ第1海堡と第2海堡の間にある次のウエイポイントです。この第1海堡と第2
海堡、そして第1海堡と富津岬の展望台は間違え易く、第1海堡と第2海堡の間を目指し
ているつもりが、第1海堡と富津岬の浅瀬に向かって突き進んでいるという事がよくあり
ます。でもGPSがあればこんな初歩的な間違いを起こす心配はありませんね。
ここからは浦賀水道航路沿いに走りますが、いやらしいことにこの航路は途中で折れ曲
がっています。そのため第1海堡から直接東京湾口の開けた水面に惹かれて行くとまとも
にこの航路に侵入してしまいます。このため航路沿いにウエイポイントを設定し大きく迂
回していきました。
皆さんの中には、なんで私が航路を逆行するように千葉県側のコース設定するのだと思
っていらっしゃる方もいると思いますが、これは当日の風などの条件によります。今日は
朝のうち北東風が強かったので少しでも風裏にしよう・・・ということでこのコースを採
ったのです。この様にコース設定をする場合も、その日の条件によっていろいろな選択肢
が採れるように設定しておくと良いですね。また途中で急速に天候が悪化したり、万一故
障したりした際などに避航出来る場所も設定しておくといざという時に慌てないでも済み
ます。
さて第1海堡を過ぎ航路沿いに南下していくと対岸の観音埼がすぐ目の前に見えてきま
した。GPSにカーソルを出して観音埼に合わせ測ってみると、方位は230度、距離は僅か
に1.8マイルしかありません。広い々々と思っている東京湾ですが場所によっては本当に狭
いものですね。もしGPSがなくクロスベアリングなどで位置を確認する場合、こういった
狭い水域ではちょっとした測定誤差が大きく響いてきますから気を使います。ましてや視
界が悪い時は自船の位置を掴みにくく、少し油断していると1マイル2マイルはすぐにず
れてしまいます。こんな所こそ簡単に自船位置がわかるGPSが威力を発揮します。
所々にある網や遊魚船の群れを避けながら、浦賀水道航路の入り口である右舷No2浮標
をかわし右に90度変針して笠島に針路を合わせます。航路前ですので出入りする本船には
要注意っと。幸い今日は日曜日であまり往来は激しくありません。
キョロキョロしながら走ること10分、左舷No1浮標をかわしてしまえば一安心。いよ
いよ目的地のヴェラシスはすぐそこです。でもこの辺りは暗岩などが多く漫然航行は禁物。
浦賀港の進入に際しても291.5度の線に導標が設置されています。私は今まで機会がなく
浦賀港に入港したことがなかったのでやはりちょっと緊張します。でも初めての港でも港
湾案内などを良く見てGPSにコースを設定しておけば安心してアプローチすることが出来
ます。左舷No1浮標の先からは沖の香山根南方位灯標の手前に浦賀港の導標から引かれる
線上のウエイポイントまで進めてしまえばあとはただゆっくり進むだけですので気楽なも
のです。左右を見るとこの入港線の周りには干出岩あり、養殖網やイケスありといろいろ
な障害物がありますが、この入港線上には何も障害物がありません。本当に入港案内とGPS
に感謝です。もちろんこういうコースを設定していても自船の航跡を残しておいて、帰路
参考にするのは言うまでもありません。
さぁマリーナヴェラシスに到着です。海が静かだったため予定より30分ほど早く到着
しました。ヴェラシスには私の友人がいて今日は出迎えをしてくれています。こういう場
所での再会って言うのもクルージングの楽しさですね。ビジターバースに着けてエンジン
停止。キャプテンはやっとほっと一息入れられます。往路は31.6マイル、2時間10分、平
均速力14.6knotでした。あちこち寄り道しながら来たのを考えると思いのほか順調でした
ね。こういう航行距離やコースなどが後から簡単に分かるというのもGPSの便利な機能で
す。
友人の案内で入港手続きを済ませ早速レストランに向かいました。早起きしたのでおな
かペコペコです。すっかりくつろいで友人やクルーの皆なと楽しいひと時を過ごしました。
さてお腹もいっぱいになって帰途に就く時間になりました。帰路は友人も同乗してくれ
るとの事。その海域を知るには地元の人からいろいろな情報を聞くのが一番。走りながら
海水浴に適したポイントや、釣りの穴場、定置網などの設置状況をつぶさに聞きます。こ
れらの情報はGPSにマークしたり作図したりしたのは言うまではありません。今年の夏は
泳ぎに来るぞっと。
出港は先ほど残してきた航跡をたどればいいので気楽です。予報通り空は暗くなってき
ました。さあ雨が降ってこないうちに帰りましょう。
帰路はヴェラシスからそのまま北上して三浦半島側を走ることにしました。こちら側も
観音埼と航路の間が狭く、しかも周りには暗礁や第3海堡など航行上支障となるような障
害物がたくさんあります。もちろん航路侵入や逆行にも気をつけなくてはいけません。採
りうるコース幅も1マイルない所が多いのでここではルート航法をしてみました。
このルート航法というのはウエイポイントを順に登録してコースを設定すると各ポイ
ントまでの方位はおろかそこまでの残距離、現在の速力での到着時刻、そしてコースから
のずれが一目で分かるというものです。今日は沖の香山根南方位灯標?大根?沖の根灯
標・・・とコースを設定してみました。ちょうど海図にあるC線というコースです。進むにつ
れて左右にはブイやら行き交う本船、釣りを楽しむ遊魚船、マイボートなどが現れ、左手
には観音埼灯台が大きく見下ろしています。大根を過ぎると沖の根灯標に向け変針します
が5マイル以上距離がありますし直接灯標を視認することは不可能です。ともすると遥か
遠くに見えるランドマークタワーに吸い寄せられるように針路を取ってしまいがち・・・。で
もそうすると航路に迷い込んでしまいます。逆に航路に気を使いすぎて左に左に逃げると
今度は猿島の周りの暗礁地帯に踏み込んでしまうことにもなりかねません。いつもここを
走る時は緊張しますね。でもルート航法を使うと設定されたコースから外れるとどちらに
何マイルずれているか一目瞭然。僅か0.1マイルのずれも表示してくれますのでとても気楽
です。
進むにつれて右手に第3海堡、そしてその向こうには第2海堡や富津岬が見えて来まし
た。この第3海堡と第2海堡の間は横断禁止ですから注意しないといけません。見通しが
悪い時はうっかりすると迷い込んでしまいそうです。よく注意しましょうね。
第3海堡を過ぎて左手に猿島が見えてくるとだいぶ開けてきてなんとなくほっとします。
やがて浦賀水道航路左舷No5浮標が見えてきてやっと航路も終りです。
この間ずっと航路から500m程離して走ってきたわけですが、常にGPSから指示され
ていましたので何も心配することなく簡単に走ってくることが出来ました。でもいくら
GPSを使っているといっても誤差もありますし何かを避けなければならない時のために、
あまりぎりぎりのコース設定をするのは考え物です。何事も余裕をもってやりましょうね。
沖の根灯標からは根岸沖、本牧沖、横浜シーバースと中の瀬を回り込む本船常用航路を
避けて大きく迂回します。変針点の多いこんなコースもGPSがあれば簡単。風の塔を過ぎ
ていよいよ終盤。でもこの頃から一面濃いミストが掛かって視程が落ちてきました。羽田
沖になっても東京灯標が見えないのです。でも心配ありませんコースはぴったり浦安沖に
向かっています。
さあいよいよファイナルアプローチ、ホームポートを目前にしてつい早く々々と心がは
やりますが、ここで真っ直ぐに近づくと三枚州の浅瀬の餌食になります。こういうアプロ
ーチの難しいところは自分流のアプローチポイントを設定しておいてそのポイントを目標
にすると良いと思います。私も三枚州を十分に離したところにアプローチ開始ポイントを
決めていて必ずそこを通ってから狭水路に入るようにしています。さあ最後の難所も抜け
てあとはわが江戸川を上るだけ。まるで鮭が母なる川に帰るように・・・。ってちょっとセン
チですか。
心地よい疲れを感じながら桟橋に戻り、ほっと一息入れながら今日の行程を振り返って
みました。復路は29.5マイル、1時間40分、平均速力17.7knot、トータル61.1マイル、
3時間50分、平均速力16.1knot、使用燃料は400リッターでした。その日の海況とともに
こういう数字を日誌に残しておくと後でとても参考になります。GPSに今日のポイントや
航跡を残してありますからこういったデータと付き合わせれば、また訪れる日は改めて航
海計画をする必要がないのです。こうやって海の上に自分流の「道」を作ってしまうとと
ても楽ですよ。
さてクルージング派の私流GPS使いこなし術はいかかでしたでしょうか?今日は海も
静かで見通しも良くとても楽なクルージングでしたが、視界の悪い時や夜間などは
GPSは
本当に頼りになります。ぜひ皆さんも自分流使いこなし術にチャレンジしてみてください。
最後に皆さんのご安航をお祈りします。