読者の皆さん新年あけましておめでとうございます。毎日寒い日が続きますね。本格的な水遊びはしばらくお預け。かく言う筆者も暖かくなるのを楽しみに待っています。さてこうして英気を養っている間に、いろいろな電子機器などの艤装をしようと思っていらっしゃる方も多いかと思います。しかしちょっと待ってください。便利だから欲しいからという安易に増設するとバッテリートラブルの元です。今月号からそんなトラブルを起こさないための秘訣をお届けします。
ボートの電気系を理解するには
まずバッテリーを理解するのが早道
長年車に乗っていれば誰でも一度くらい車のバッテリーを上げてしまい困ったことがあると思います。かく言う筆者もある大雪の日、バッテリーが死んでしまい雪の中泣きながらバッテリーを買いに行った記憶があります。まぁよほどの山奥で止まったのではない限り車のバッテリーが上がっただけで命に関わることはないと思いますが、ボートの場合は話しが違います。沖でアンカリングして釣りをしていたら、だんだん天気が悪くなってきた…急いで帰ろうと思ってスターターを回したけど動かない…あっと思った時にはバッテリーが空っぽだったということを想像してみてください。決してバッテリーなんかと軽視することは出来ませんね。
今回はバッテリートラブルと愛艇の電気設計などについて3回に分けてお話差し上げます。最初にバッテリーとは何か、どんな種類や特性があるのか?どうやって充電されているのかということについてお届けします。ちょっと理屈っぽいですが、これを知ればあなたも今まで分からなかった電気の謎がお分かりいただけるかと思います。次回からはこれらの特性を知った上で、バッテリートラブルと愛艇の電気設計についてお届けします。
同じ様に見えるバッテリーにも
2種類あります
まずバッテリーとは何か?これを知らない方はいらっしゃらないと思いますが、要するに電池です。物によって多少の違いはあれ、その構成は鉛と二酸化鉛が希硫酸の電解液に浸されているという至って簡単なものです。この簡単な原理で手軽に安価に大電流が取り出せるということで、この原理自体はもう何百年も変わっていません。欠点としては重量が重いこと、電流密度が低いことといったものです。しかし工業的にみてこれより優れたものが出てこないため21世紀になっても使われつづけていくことでしょう。鉛バッテリーに代わる電池を発明すればノーベル賞は間違いないといわれているほどです。この原理で得られる電圧は2Vです。このままでは低すぎて使いづらいので6個直列に繋いでパッケージ化し12Vとしたものが普段目にするバッテリーです。蛇足ですが電池の種類によって得られる電圧(起電圧)は電極の種類によって決まります。鉛電池では2V、マンガン電池では1.5V、ニッカド電池では1.2Vです。これらは化学反応ですから変えられません。
このバッテリーに貯められている電気を使ってスタータを回したりコイルに通電したりメーター類を動かしたりライトを灯けたりとその使い道は色々あります。でも電池である限りその電気は有限であり、使いつづければいつかはなくなってしまいます。ではどうやって充電しているのでしょう?これは車でもボートでも同じですが、エンジンによって駆動されるオルタネーターといわれる発電機により供給されます。つまりこの供給と需要のバランスが取れていないと色々なトラブルの元になるのです。これが愛艇の電気設計と言うことです。これはまた次回ご紹介するとして、バッテリーについてもう一つだけ知っておいて欲しいことがあります。それはバッテリーには大きく分けて2種類あると言うことです。それぞれスターティングバッテリー、ディープサイクルバッテリーと呼ばれるものです。ではどう違うかをみてみましょう。
普通目にするのはほとんど
スターティングバッテリーです
まずスターティングバッテリーと呼ばれている種類ですが、みなさんの周りにあるバッテリーやお店で目にするバッテリーはほとんど総べてこのタイプのバッテリーです。このバッテリーはエンジンをスタートするという目的のために特化したバッテリーです。以前エンジントラブルのお話の時に、スターターがとても大きな電流を消費するというお話をしたと思いますが、スターティングバッテリーはまさにこの短時間大電流放電のために設計されているのです。あの重いエンジンをあんな小さなスターターで掛けちゃうと驚かれた方は多いと思いますが、そのためスターターはとても大食らいです。もちろんエンジンの大きさによって大から小まで色々ありますが、200hpクラスの船外機で160A、300hpクラスのガソリン船内外機で300A、ディーゼルではもっともっと大きな電流を消費します。このように大電流を使うためスターターはどんなに長くても30秒と続けて回してはいけない事になっています。もちろんスターターをもっと大きくして長時間運転させることは出来ますがスターターは一旦エンジンが掛かってしまえば無用の長物ということで、工業的に見て実用範囲で妥協できるサイズになっています。
このようにスターターは大電流を消費します。300Aと一口に言っても想像が付かないと思いますが、普通の一般家庭の容量が30Aとか50Aとかですから大きいものであることは想像できますよね。もちろん力積である電力は電圧×電流なので、家庭用の100Vとバッテリーの12Vでは元々同じ土俵で話すことが間違いだとお叱りを受けそうですが、今回は比喩ということでお許しください。同じ12Vのバッテリーを使っている自動車でも、トラックやバスではバッテリーを2つ付けて24V仕様になっているのをご存知ではありませんか?これなども大電力を得る時に電流を減らしたいという理由から24V仕様となっているのです。
ちょっと話しが逸れましたが、スターティング用のバッテリーはこうした大電流を供給するためだけの目的で作られています。よくバッテリーを表す規格で95D31Rとかの記号を見たことがあると思いますが、この最初の2桁が容量を表します。95D31Rだと95Aということですね。ちなみに次のDは端子のタイプ、31はバッテリーのサイズ、Rは端子の向きを表しています。この95Aという容量は一定時間で(時間率と呼ばれ5時間とか20時間とか一定の時間でどのくらいの電流が取り出せるかという規格)、どのくらいの電流を供給できるかというものです。ただこれは小電流での放電規格なのでスターティング用としてはその性能を比べるには適当でありません。そこで用いられるのがCCAと呼ばれる規格です。これはColdCrankingAmpareageといってごく短い時間で大電流放電させバッテリーの1セル辺りの電圧が1.7Vになるまでにどのくらいの電流を出せるかという、瞬発力を測るための規格です。このCCAが大きいバッテリーはそれだけスタート用として優れたバッテリーということになります。マリン用のエンジンでは使用するバッテリーサイズをこのCCAで指定しているものが多くあります。
ではなぜ自動車用のバッテリーをこの表記をしないのかというと長年の慣習等からなのでしょう。それでも時々外国製のバッテリーではこのCCAで規格表記しているものを見かけます。まぁ容量表記にしても問題ないのは、同じスターティングバッテリーなら容量とCCAはおおよその比例関係にあるからでしょう。容量が大きいものはCCAが大きいといった具合です。その中でも始動性能大幅アップの高性能バッテリーなどというコピーで宣伝されているバッテリーは、容量が同じでもCCAが大きくなる様に工夫されたバッテリーということになります。
スターティングバッテリーは
短距離ランナー
このような目的に特化したスターティングバッテリーは大電流を短時間出す瞬発力には優れているのですが、小電流を長時間使われるという用途には全く不向きです。つまりスターティングバッテリーは100m走の選手なんです。詳細は充電のところで後述しますが自動車のバッテリーなどは一旦エンジンが掛かってしまうと、後は充電される一方です。つまりその容量の50%も使われるということはないんですね。逆に言うと50%も使われてしまうともうスタミナ切れでスターターを回すだけの瞬発力を出すことが出来なくなってしまうのです。読者の皆さんもルームライトやスモールランプの消し忘れなどでエンジンが掛からないというのを聞いたことがあるでしょう。スターティングバッテリーはちょっと電気を使われてしまうともう駄目なんです。いつでもお腹いっぱいじゃないと力が出ないタイプですね。皆さんの中にもいらっしゃるのではないですか?
もう一つ大事なことがあるのですが、お腹が空いて力が出ない程度でしたら御愛敬なんですが、スターティングバッテリーは完全に放電してしまうと充電しても元の容量に戻らないという重大な問題があります。専門的に言うと電極中の二酸化鉛が放電すると硫酸鉛となって、完全に放電すると電極から剥離したり変なところに析出してしまうんです。こうなっては充電しても元に戻らないですよね。つまりスターティングバッテリーは絶対に完全に放電させてはいけないのです。またスタータを回すことを期待するのならエンジンが掛かっていない状態で電気を使ってはいけないのです。この事を肝に銘じておいてください。
ボートの場合は自動車以上にバッテリーを放電してしまう可能性が高いです。過放電してしまったものはもうどうしようもありません。運良く桟橋でしたらバッテリーを交換するか充電すれば良いですが、洋上でなった場合は処置無しです。どんなに腕の良いサービスマンでも自力では如何ともするすべがありません。救助を待つしかないですね。バッテリーの使い方には十分注意してください。
ディープサイクルってなに?
次にディープサイクルと呼ばれているバッテリーについてです。まずディープサイクルの所以ですが、英語で充放電の事をサイクルと呼びます。で深く放電させる、つまりディープということからディープサイクルと呼ばれます。ただ通常このタイプのバッテリーを目にすることはほとんど無いと思います。もし身近なところで見たとすると、バッテリー駆動のゴルフカートとかフォークリフトなどでしょうか?バスフィッシィングの愛好家達にはエレキ(電動スラスター)を使う時にお馴染みですね。
このディープサイクルバッテリーは上記の様な使用目的のために容量いっぱいの電気を繰り返し放電してもバッテリーが痛まないような構造をしています。つまりディープサイクルなら電流を使いつづけて空っぽになるまで使っても差し支えないと言うことです。ボートで言うとバスボートのエレキであるとか、アンカリングしている時に一晩中使われるハウスバッテリーとか、インバーター用のバッテリーとして使うのに適しています。
それなら最初からディープサイクル使えば良いじゃないかとおっしゃる方もいらっしゃるかと思いますが、ディープサイクルはディープサイクルなりに欠点があるのです。先程スターティングバッテリーのところでCCAと言うお話を差し上げましたが、ディープサイクルはCCAが低いものが多いのです。ですからスターティング用にディープサイクル使ったとしたら同じ95Aなのにぜんぜん掛からないなんて事が起きるのです。つまりディープサイクルは小電流を長く使われる使い方に適しているマラソン選手なんですね。マラソン選手が100m走に出られないのは当然です。まだ一般的ではありませんが、最近出てきたスターティング兼用のディープサイクルなんかは短距離も長距離もイケるスーパーマンとでも言うべきでしょうか。
バッテリートラブルは人災!
ここまで読んでお分かりいただけたかと思いますが、人にも適材適所があるように、バッテリーにも適材適所があり、使用目的によりバッテリーも使い分けるということが必要なのです。この事を肝に銘じておいてください。これらを知っているだけで、バッテリーすぐ駄目になっちゃうといって無駄にバッテリーを買い換えることが、また洋上でトラブルを起こすことが無くなると思います。もちろんスターティングバッテリーもディープサイクルバッテリーも寿命と言うものがあり、定期的に交換する必要はあります。でもこういった事を理解していれば少なくとも洋上でトラブルを起こす事は避けられると思います。これがバッテリートラブルは人災だと言われる所以です。バッテリーのコンディションはある程度事前に分かりますから、船長にとってバッテリートラブルほど恥ずかしいものはないということを覚えておいてください。
どうやって充電しているんだろう?
理屈っぽい話しが続いて恐縮ですが、次は充電についてです。どうも電気は苦手で…とおっしゃる方は多いかと思います。またそれ程苦手ではなくてもオルタネーターとかの仕組みは良く分からないんだとおっしゃる方もいらつしゃると思います。ちょっとブラックボックス的でとっつきにくいところがありますよね。ここでは出来るだけ簡単にその仕組みをお話差し上げます。
オルタネーターはコイルが磁石の中をぐるぐる回っているのだと思ってください。中学校の時に理科で習ったと思いますがフレミングの法則で、磁場の中をコイルが移動すると電位が発生する…これがオルタネーターの原理です。このコイルを3組組み合わせて180度ずつ位相がずれたものを全波整流してマイナス極性を反転させれば立派なオルタネーターの出来上がりです。(本当はコイルの中でコイルが回っているのですが本質的には同じ事です)
ボートの充電系は自動車と同じくフロー充電です。オルタネーターは一定の電圧(例えば13.8V)を出し続けます。この電圧を調整するのがオルタネーターにくっついているレギュレーターの役目です。ここでどの位バッテリーに電流が流れ込むかは、バッテリー電圧とオルタネーターの定格電圧の差だけと言う事になります。当然バッテリー電圧が低い(=バッテリーが減っている)と電流はバッテリーに多く流れます。
しかし船には色々な電装品が付いていて常に電気を使っています。そうするとそちらにも電流が食われてしまい、オルタネーターの容量からバッテリーが望む電流を生み出せなくなります。この様な状態になると回路全体にかかる電圧が減ってくるという寸法です。この辺りは中学で出てきた電気の公式そのままです。ですからバッテリーが満充電になっていれば、回路全体にオルタネーターが定格の13.8Vを出していても、バッテリーにはほとんど電流は流れていません。
このためバッテリーの電解質がむやみやたらと蒸発したり、痛めたりする心配はないのです。逆にどうも電解質が減るなという場合はオルタネーターの出力電圧を疑ってみる必要があるかもしれません。
通常バッテリーが満充電の状態では、回路には13.8Vかかっていますが、オルタネーターはほとんど遊んでいます。使う電気が多くなればエンジンが重そうな音をするのは、オルタネーターが電気を生み出すため重くなっているからです。これなどは自動車で試すと分かり易いかもしれません。
最後にバッテリーはオルタネーターが生み出してる電圧を平滑にする役目も果たしています。オルタネーターは3相の両波整流していますので、実際の電圧は細かく上下しています。(リップ)バッテリーはこのリップ成分をサプレスして平滑な電圧を生み出すのに大きく寄与しています。
以上バッテリーと充電について述べてきました。ちょっと理論的なことばかりで頭が痛かったかとは思いますが、これらの事が理解できれば電気を理解する上で第一関門はクリアーです。是非分からない部分は繰り返し読んでみてください。
次号では具体的なバッテリートラブルと愛艇の電気設計についてお話し差し上げます。