「一見何もない様に見える大海原も水面下をのぞいてみると実に様々な障害物があります。その中でも砂州や浅瀬、岩礁等に乗り上げてしまうのが座礁です。艇の破損だけにとどまらず人命にも関わる重大な事故になるケースも多く大変危険です。今回は座礁しないためのノウハウと座礁した時の対応策をお届けします。
「座礁は十分な調査と注意を怠らなければ防げるのです!」
きらきらと陽光を受けて光る大海原。水飛沫を上げて駆け回るっていうのはほんとうに楽しいですよね。でもちょっと待ってください。一見何の障害もないような水面の下には魚網や砂州や暗岩等決して出会いたくない様々な障害物があります。楽しいクルージングのはずが座礁してしまったら貴方はどうしますか?
座礁というのは読んで字のごとく船が浅瀬に乗り上げてしまう事です。一昨年も東京湾の中の瀬で大型タンカーダイヤモンドグレースが座礁して原油が流失した事件は記憶に新しい事です。あの時は中の瀬航路を通れないほど吃水が深いタンカーだったので座礁した場所の水深が10m以上と我々プレジャーボートには関係が無いような場所でしたが、逆にこの事は艇によって座礁するしないが別れるという事を物語っています。
さて座礁は何故起こるのでしょうか?それはほんの少しの不可抗力のケースを除いて、ほとんどの場合船長の知識不足、経験不足から起こります。水路調査不足、船位把握不足、潮位調査不足、見張り不足等々どの原因をとってもすべて操船する者の責任です。逆に言うと十分な知識と細心の注意を払っていれば座礁する事はないのです。ですので貴方のボートライフで一生座礁する事がなければそれは誇ってよいと思います。逆に座礁してしまったら十分に反省し、その理由を熟考し再度繰り返さない心構えが必要です。
ここでは座礁しないための準備と万一座礁してしまった場合どのようにしたら良いかと言う点について述べたいと思います。
「まずは海図を「読む」事からはじめよう」
まず座礁をするのはどのような場所かという事を考えてみましょう。通常座礁する場所は陸岸近くというケースがほとんどだと思います。河口付近の浅瀬、潮流によって作られる砂州、岩礁地帯の根等と言ったものです。これらの浅瀬や危険な暗岩、洗岩については総て海図に記載されています。ですのでまずは海図を読むのが手始めです。ここで「見る」ではなく「読む」と言ったのは漫然と眺めるだけでは役に立たないからです。よく海図は陸の道路地図に喩えられますが、その内容は大きく異なります。道路地図は安全に管理されている道路を見るための物です。当然車は道路しか走れませんからその意味では例え道に迷ったとしても危険はありません。しかし海は違います。海には道路はありません。すべて自分で進路を決めなくてはならないのです。つまり海図は貴方が進路を決定するのに必要である情報を提供して、その決定を手助けしてくれるだけの物なのです。A点からB点に向かう時直接進んで良いものか?途中に障害物はないか?ちょっとコースを外れたら危険な個所はないか?等々すべて貴方が判断しなくてはならないのです。間違った判断をして途中に浅瀬があるコースを取ったなら座礁するのは必至です。どうです?海図と道路地図は全く別の物である、海図は見る物ではなく読む物であると言った意味がお分かり頂けましたか?
もちろん海図を読むと言っても、検討するのに読む海図は東京湾全体が載っているような大縮尺の物では役に立ちません。もっと個別の地域が出ているような小縮尺の海図を見る事が大切です。今貴方のボートには海図が積んで有りますか?またその海図を隅々まで読んで危険な個所を把握していますか?もし積んでいらっしゃらなければ是非購入なさってください。そんなに高い物ではありません。もし読んだ事がなければ一度じっくりと読んでみてください。一回覚えてしまえば十分です。
「「君子危うきに近寄らず」はまさに名言」
さて、では海図を読んで十分に危険個所の把握をしました。その上で座礁をしない秘訣は?と聞かれれば危険個所には近付かないという一言に尽きます。なんだそんな当たり前の事をと言わないで下さい。その当たり前の事をしないでみんな座礁するのですから。しかし危険個所には近づかないと言っても、係留場所から出入りするのに浅瀬が全く無いような泊地は希であると言ってよいでしょう。ほとんどの泊地では大なり小なり危険な浅瀬が待っています。ですので前述のように自分が航行する可能性がある海域の危険個所は常に把握しておく必要があるのです。ただここで困った問題があります。特に河川および河口付近を航行する場合なのですが、こういった場所は残念ながら海図には記載されていないのです。しかもこういった河川や河口は降雨や潮流等の影響により突然水深が変動する場合があるのです。見た目は雄大な川の流れもボートで走るとなると本当に狭い水路しか通れないというケースも多々あります。筆者は東京湾でボーティングをしていますが近辺で航行の難しい河川を上げるなら、相模川、多摩川、江戸川でしょう。相模川など河口を通る時は冷や汗物です。こういった河川ではマリーナのベテランの方や販売店の方から十分なレクチャーを受けて下さい。こういった所も私が常々言っているボーティングは自分一人だけでは出来ないという事に繋がります。こういった場所では十分な知識があったとしても突然の水底の変化により座礁してしまう事があります。これが先に述べた不可抗力の座礁です。
さらに海には干満の差がありますから潮位変動の大きい地域では常に現在の潮位を把握している必要があります。東京でも大潮の時など2m以上潮位が変動します。この潮位変動を頭に入れておかないと、たとえ行きに通った場所でも帰りに通ったら座礁したという憂き目に会うのです。また後で述べるように座礁した後の処置にこの潮位というものが大きく関係してきます。ですのでボートに乗る時は常にその日の潮位を確認するようにしてください。船舶免許を取る時も実技の口頭試問で「今日の潮位は?」って聞かれるでしょ?あれは決して意味の無い事ではありません。出港前のチェックリストに潮位確認も入れておくことをお勧めします。幸いにして座礁しないまでもスケグやスクリューをピカピカに磨いてしまったり、またそういう艇を見かけたことはありませんか?あれなどまさに座礁と紙一重というやつです。
ではいつも走る海域ではない場所を走る時はどうしたら良いかという事についてお話しましょう。こういったケースでも出来れば事前に海図の調査が出来ればよいのですが、時として出来ない事があるのはやむを得ない事です。こういった場合は座礁するかもしれない場所に近付かなければよいのです。先に通常座礁する場所は陸岸近くというケースがほとんどと言ったのを覚えておられると思いますが、逆に言えば陸に近付かなければ座礁する事はないのです。俗に沖出し2マイルと言われるように陸岸から2マイル程度離れて航行すれば座礁する危険はほとんど無いということです。浦賀水道航路の観音崎付近の様にとても2マイル沖出し出来ないような場所は別ですが、全く知らない海域を走る場合はこのくらい安全を取りましょうという事です。しかし天気の良い日などは2マイル位離れても何という事はないのですが、天気が悪く視界が利かない時は2マイルも離れると陸岸が見えなくなるケースがあります。こういった場合、不慣れな海域であればあるほど陸に近寄っていってしまう傾向があります。また慣れた海域でも霧に巻かれて視界が利かない時等、推測で走っているといつのまにか安全水域を通り越して浅瀬に入り込んでしまう場合があります。常に船位を確認する努力は怠らないようにしましょう。
さらに浅瀬を発見するにはもうひとつコツがあります。海底が浅くなっているところでは波の立ちかたが違ったり(通常急に波が高くなったり波頭が崩れたりする)、水の色が泥交じりになったりします。また大きな川の河口付近は沖の方まで浅瀬が広がっていると思って間違いありません。こういった兆候を見つけたら近づかないか、少なくともスピードを落として用心しつつ航行してください。スピードさえ出ていなければたとえ座礁しても被害は少なくて済みます。高速で走っていて座礁すると船体の破損もさる事ながら同乗者の転落や怪我等の悲惨な事故になります。
浅瀬があるのを知らないで航行していて座礁するのは愚者です。河口などで水底の地形が変わっている可能性があるのを知りつつ高速で走って座礁するのは無謀者です。海では常にセーフティーファーストを心がけましょう。
「それでも座礁してしまったらどうするの? 」
さて座礁しないための用心の話しが長くなりましたが、次に座礁した場合どうしたら良いかについてお話します。ここでは砂泥地に座礁した場合と岩礁地帯に座礁した場合に分けて述べます。
まず砂泥地に乗り上げた場合ですが、座礁したと思ったらすぐニュートラルにして行き足を殺して、エンジンを切ってどの程度乗ったかを判断するのが最初です。行き足を殺すのはそれ以上ひどく乗り上げないため、エンジンを止めるのは泥を吸込んでエンジントラブルを起こさないようにするためです。そうしたらグズグズしている暇はありません。怪我人はいないか?船体に破損はないか?浸水はないか?波の状況は?潮位や潮流は?風向や風速は?といった様々な判断を一瞬にして行わなければなりません。風も穏やかで波も無く差し迫った危険が無い時はゆっくり時間を掛けても良いですが、あいにく風や波の状況が悪い場合は、最悪の場合横波を受けて転覆してしまう可能性だってあるのです。(浅瀬は波が高くなり波頭が崩れるので余計この傾向がある)そんな場合は船体は二の次にして人命の確保に当たらなくてはなりません。ただこの様な最悪の場合も船長は決してパニックになってはいけません。船長がパニックになると同乗者は生きた心地もなくなってパニックに陥り、あたら助かる者も助からなくなってしまいます。趣味の世界でボーティングしている以上絶対に海で死んではいけないという事を肝に銘じておきましょう。こういったケースは海が荒れて必死に逃げ帰っている途中に船位を失ったり、風や波に押されて思う場所に向かえず起こる場合が多いと思います。ですのでこういった状態で乗り上げたらはなはだ危険であると言わざるを得ません。こういった海況の時は普段にも増して座礁しないよう細心の注意を払いましょう。万一座礁して危険を感じた場合は速やかに救助を求め、艇体は破棄しても人命の救助を最優先にしてください。
では破損も浸水もなく、とりあえず転覆等の差し迫った危険がない場合を考えてみましょう。まず潮向きや風向きが離礁する方向に吹いている時は船外機艇や船内外機艇ではエンジンやドライブを一杯上げて浮くかどうか試してみます。これは通常座礁する時はこういったドライブや船外機が先に着底するからです。もし幸運にも浮けば自然と深い方へ押し流されて無事離礁出来ます。この時はリカバリーを焦って浮くや否やエンジンを掛けて逃げようとして再度乗り上げないように落ち着いて十分離れてから行動に移ります。
もし浮かなければ清水を廃棄したりして、できるだけボート軽くしてみましょう。夏場であれば男性陣にちょっと「海水浴」していてもらうという方法もとれます。座礁の程度が軽くて比較的小さい船ならこうすれば船が浮くので、深いところまで押していくのは簡単です。まさに「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあり」です。もっとも冬場は無理ですけどね。それで浮けば良し浮かなければ次の段階に移ります。
現在の潮が上げ潮であと100cmも上がるようであれば、焦らずそのまま落ち着いて待っていれば自然と離礁してくれるでしょう。逆に下げ潮であと100cmも下がるようであれば、早急に手を打たないと危険な事になります。大潮の満潮時に座礁してしまうとひどい場合は離礁不可能になってしまう場合だってあります。極端な話し船型によっては潮が引につれ横倒しになってしまう場合だってあるのです。まあ最近の国産パッケージボートのように船底のVが浅くフラットキールを持っているような艇では浜座りが良いので心配はないですが離礁するまでに時間が掛かる事は間違いありません。インボード船や輸入艇のようにキールを持っていたりVが深かったりした場合は、まじめな話し、つっかえ棒が必要になります。この様な場合は夏場でしたら2?3人飛び込んで押してもらうのが手っ取り早いですね。これをすれば大抵離礁出来ます。しかし冬場でしたらそうはいきません。とても水に入れないとなったら沖合いにアンカーを打って引っ張るか、棒で押してみるかです。この時慌ててエンジンを吹かして出そうとするのは禁物です。絶対にやってはいけません。スクリューを壊したり泥を吸ったりしてエンジンを壊してしまいます。座礁する時は大抵ドライブが先に底をかいていますから・・・。
高速で座礁してしまい押しても引いてもびくともしない場合は沖合いにアンカーを打って、横倒しになるのを防止した後救助を求めるか上げ潮になるのを待ちましょう。
逆に潮向きや風向きがますます座礁する方向に吹いている時はなかなか離礁は困難です。常にどんどん押されますし、たとえ上げ潮だとしても潮が満につれて艇も押し上げられてしまい結局もっと離礁しにくいところへ座礁し続けてしまうという事になるからです。こういったケースでは降りて押しても思うほど遠くには押せませんからなかなかうまくゆきません。必ず沖合にアンカーを打って艇が流されない様にし、その上で対策を考えます。やはりバウとスターンにアンカーを打って、交互に引くのが良いと思います。こういう時のためにおもちゃのボートの様な小さなものでもよいですからテンダーを積んでおくと良いと思います。テンダーが無かったら沖にアンカーを打つといっても「一体どうやって・・・?」ということになりかねません。また1回で出切らない時のために予備アンカーをもう1本位い積んでおかれたほうが良いと思います。
「岩礁に乗り上げるのは大変危険!沈没の危険も! 」
次に岩礁に座礁した場合ですがこの場合ははなはだ危険であると言えます。座礁の程度にもよりますがすぐに離礁出来ないほどがっちり座礁してしまったら、船体を破損している場合が多く、さらに波に揉まれているうちにFRPがますます岩に噛み砕かれてしまうからです。また軽い座礁であっても船体やドライブを破損してるケースが多く、早急に対策をしないと危険な状況陥ります。少しでも浸水している場合は毛布等の詰め物をして木の棒などで押さえつけます。大きな破口には外からコリジョンマットをあてます。またドライブを打った事が判っている場合は2機掛けでしたら片舷を止めて帰港したほうが無難です。無理して両舷で航行するとドライブを割っていた場合など両舷とも焼き付いて航行不能になるとともに莫大な修理費がかかります。
さらに離礁させる際に同乗者に押してもらう場合は、降りた人にライフジャケットを着せロープを持たせるのを忘れない様にしてください。座礁して慌てて力いっぱい押してもらって離礁したのは良いけれど降りた人が乗り込む前に遠く離れてしまう事があります。こんな場所ではピックアップに戻るのも大変ですから・・・。
またもし座礁した時に船体を大きく破損した場合はうっかり離礁させるとそのまま沈没してしまう事もあります。離礁作業に入る前に必ず船体の状況を確認してください。もし破損状況がひどい場合はそのまま離礁を試みるより人命の確保を優先してください。安全に避難出来る場所があるなら船体は放棄しても岩礁上に避難し、もし避難する場所がなかったとしたら、至急救助を求めライフジャケットを着用し万一の場合はすぐに艇から離れて水中に逃げられるような体勢を取って救助を待つ様にして下さい。
この様に岩礁に座礁する事はボートにとってはなはだ危険な事ですので、出来うる限りこういった岩礁地帯に入り込まない事が肝要です。釣りなどの目的の場合は往々にしてこういった根回りに近づく事になりますから、操船には十分に注意して突然の波や風などの際も打ち上げられないように注意してください。
いずれにしても座礁したらともかく落ち着く事が肝心です。船長はひどく気が動転しますので余計です。船長がパニックになると同乗者もパニックになってしまいます。
「あら?座礁しちゃったよ?。まいったなぁ?。失敗失敗。」とでも言ってビールでも飲めば安心しますかな?
以上いろいろ書いてきましたが、座礁は注意さえしていれば防げます。慣れた海域でも付近に浅瀬がある時は十分注意して航行するようにしましょう。
次回はエンジントラブルについてのお話をお届けします。